「お祭りの楽しみ方ねぇ……」
 くそ、今現在の俺にどうやって祭りを楽しめって言うんだ?
 

 祭りを楽しめと言われて数分。
 今は梨花ちゃんに指定された、やはりどこか懐かしい部屋でゆっくりと考える事に集中していた。
 祭りを楽しむ事が、俺の求めるものへの近道。
 ならば、この認識されない身体でどうやって楽しむのかを考え、実行に移す必要がある。
 何せ古手さん、羽入を除く誰にも見えないのだから、威勢良く「おっちゃん、タコヤキくれ!」と言ってもただただむなしく俺の声は誰にも悟られずに祭りのガヤにもみ消されるだけだ。
 そんな哀れな目に遭うのだけは正直ゴメンだな。
 絶対に回避しなければ……!!
 そのためには……どうするよ、俺。
 考えろ、考えろ!! 何か打開策があるはずだ!!
 俺が求めるものがあるんだ。絶対に楽しまなければならない!!
 そのために今俺は何をすべきなのか。……うーむ………………むむむ…………。


「……駄目だ……思いつかない」


 祭りを楽しむに絶対必要な条件として、
 1 屋台で食べ物を買って食うこと
 2 友達と一緒に見て回ること
 この二つは俺の中での絶対条件だ。
 何故か『3 屋台を荒らして回ること』が頭から離れないがそれはおいておこう。
 

 1番目。これがまず無理だ。
 さっきお茶を飲もうとすると湯飲みをつかめず割ってしまった。
 すると古手さんのお母さんが血相変えて飛んできて古手さんを叱っていた。

 俺は震えながらごめんなさいと連呼してその場を立ち去った。
 今頃……開放されてこっちに来ている頃だろう。

 先 ほ ど か ら 殺 気 を 感 じ る ん だ よ な 。

 まず古手さんのものと見て間違いない。
 そしてそれは……どんどん近づいて…………!!


「――――っ!!!」
「……………………」
「あー……その、古手さん。さっきは……ごめ……」
「…………圭一……」
「な……何?」
 顔が引きつる。
 古手さんが持っているもの。
 ……それは…………。

「地獄を味わうのです」


「やめてくれぇえぇえぇえっ…………って……あれ?」


 古手さんが持っていたのはキムチとワイン。
 そいつを、食器がつかめない俺の口の中へ無理矢理放り込むかと思っていたのだが、何を思ったか古手さん自身が食べ、飲み始めたのである。
 キムチを頬張り、口の端からキムチの赤い汁をたらしながら、ワインをごくごくと飲んでいく。
 ……それは……吐き気を催すほどの……はっきり言って異様な光景…………。

「…………ん……うっ!? う……うあぁぁぁあぁっ!!!??」

 な……何だ!?
 口の中が言葉では表現できないほどの異様な感覚で満たされている!?
 そう、それはまさに今目の前で起きている光景を、そっくりそのまま自分がしているかのような……。


「ほふへふは、ほのはひは。ほほはへはほふへふへひはひほほひひほほははひへほう〜?(どうですか、この味は。言葉では表現できないほどに見事な味でしょう〜?)」
「んーっ!! んんーっ!!!!」
 俺は首を振り、必死の抵抗を見せる。
 一瞬で悟った。
 この子が食べた物の『味』や『感触』などの全ての情報はそっくりそのまま俺に来るのだ……!!!
 やばい、やばい、やばい!!
 まだまだキムチはたっぷり残ってる!! まだまだワインはたっぷり残ってる!!!!
 俺に出来る唯一の抵抗は必死に首を横に振ることだけ……!!
 口を開けてしゃべる事はしたくない。いや、出来ない……!!
 口を開けたら即座に口内に溜まっている物質がそのまま出てきそうで……!!
 考えただけでもゾッとする。
 確信なんて無いのだが、そんな気がしてならないのだ……!!

 古手さんは薄気味悪く笑いながらキムチを……うあああっ!!?? そんなに!?
 うっ……ぐはっ………………!!!
 ちょ、やめてくれ……ってワイン!?

 やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめ…………。


 古手さんの口と……ワインの瓶の口が……あ……あ……。










 
















 







「どうでしたか? ボクのスペシャルメニューは」
「うん、もう最高だよ……。思わず吐き気がしてくるくらい……」
「あぅあぅあぅあぅあぅ……」
「ど……どうした羽入…………」
「あぅあぅあぅあぅあぅ……」
 今まで悶絶していて気がつかなかったが……羽入がすぐそばで横たわってあぅあぅ言っていた。
 あれほど怯えていたのに、今ではピクピクと口をおおっぴらに開けて涙を流しながら逃げることも出来ずに同じく悶絶の中に居る。
 つまり、それほどすさまじい味なのだ。
 味わってみたい方は、どうぞワインとキムチを一緒に食ってみてくれ。
 たぶん気絶する。

 俺は何とか耐えた。
 羽入は…………ひょっとしたら気絶寸前なのではないのかと思う。
 ちなみに俺の口の中にはまだあの味が生々しく残っている。
 何か口直しに甘いものでも食いたい気分だ……。

 

「…………お祭りは楽しめそうですか?」
「うおっ!? ……あ、ああ」
 舌を出しながら少しでもこの味ともいいがたいひどいものを逃がそうと必死になっていると、いきなり顔面すれすれに古手さんの顔が近づいてきた。
 マジでびびるからやめてくれ。
 …………ん? 待てよ。
 ……思わず適当に返事をしてしまったが……これで問題解決じゃないか!
 
 古手さんに代わりに食ってもらえばいいのか!
 おお、1番目の難関突破だ。
 2番目……友達とわいわいだが……古手さんと一緒ならいいか。
 一人で行くより大分マシだし、それにあまり離れようとは思わないな。
「……俺が見てないところで変なもの食べてもらっても困るし……。」
「失礼ですね。ボクは圭一じゃないのです」
「うおおおおっ!!??」
 だ、だから、顔を近づけるのをやめてくれって……。
 思わず後ろに飛びのいた瞬間、柱に頭をぶつけてしまう。
「…いてて……。…………あれ?」
 食器はもてなかった……と言うより、すり抜けた。
 だが……この柱はどうだ?
 すり抜けずに頭をぶつけた……?
 えーと……。

 動かせる物か……?
 地面、または床に接着、もしくは打ち付けてあったりするものとか……簡単には動かせないものには触れる事が出来る。
 逆にスプーンやコップなど、簡単に動かせる物には触れる事が出来ない……。
 この辺りもまた妙な法則がありそうだな……?

「またキムチワインのフルコースが欲しいのですか?」
 俺に向かって目が光ったかと思うと、古手さんは再び恐ろしい事を始めようとする。
 ……と、同時にビクッと羽入が反応する。そしてガクガクと震え始める。
「い、いや……遠慮しとく……」
 俺の返事を聞くや否や、古手さんは手を下ろす。
 ちなみに俺が安心するよりも早く、羽入の震えは止った。

 まだしつこく残っている不快な違和感とも言えるこの妙な味に早く退散してほしいものだと思いつつ、またキムチとワインを口に含んでもらってはたまったものではないので、俺は返事を考え、口に出す。
「大丈夫そうだ。古手さんが食ったものは俺と…………羽入に直通で味覚が来るみたいだから」
「そうですか。なら……よかったのです」
 寂しそうな顔をするな……。
 一体……何故……?




「残念です……」



「……何か言ったか……?」
「いえ。何でもないのですよ」
 そう言ってにぱ〜と笑う。
 …………だが……無理しているのが丸分かりだ。
 寂しそうな表情は抜けていない。
 無理した作り笑いだってのがすぐに分かる。



「降りかかる……か」
「……………………」
「……ま、既に決めちまった事だからな。今更後悔しても仕方がない。そういう約束だったもんな?」
「……! …………」


 綿流しまで……あと1日。
 何が待っているのかは……明日明らかになるか。
 とりあえず迎え撃つ準備をしておかないとな。

 ……と言っても武器は持てそうにないし、そもそも認識すらされないのだから、物的な準備は必要ない。
 必要なのは……何が起こっても耐えられる精神力。
 それだけをひたすら蓄えて何が起こっても冷静に対処できるようにするんだ。
 そう……。クールにな……。









 









「……朝か。この身体、一応睡眠は必要なようだな……。……ふぁぁ……」
 大あくびをして背伸びをする。
 朝の日差しが俺を包み、暖かい日差しを俺に送ってくる。
「何でこの部屋……既視感があるんだ? 俺がする事全て……ここで一度はやってるような気がしてならないんだが……」
 ずっと疑問に思っている。この……懐かしさ。
「ひょっとして……俺はここに住んでいた事がある……?」
 一つの答えとして俺の頭が導き出した回答。  
 だが、それはすぐに……同じく俺によって却下された。
「……まさかな。俺は前原で、ここは古手さんの家だ。ここで生活していた訳が無い」
 そう。
 俺は……前原圭一なんだ。
 古手圭一じゃない。……だから、ここには住んでいない。
 
「……気のせいか」










 そうだな、気のせいだ。
 ここが懐かしく思うのも、一度か二度ほどここに訪れた事があったのだろう。
 そう……だよな。




 ぺた





 さて、今日は綿流し当日だ。
 古手さんには協力要請を昨日出しておいたし、何とか楽しめるだろう。
 しかし問題は古手さんの胃袋だなぁ。
 身体も小さいし、そんなに食べることも出来ないだろう。
 …………肝臓は強そうだが……。

 はは、そんな事はいいか。
 今日俺は……祭りを楽しむんだからな。

 コン コン

「圭一、いますか?」
「ああ、居るぜ」

 
 扉の外からノックと古手さんの声が聞こえる。
 別に居留守を使う必要なんてこれっぽっちもないし、そんな事しても何もならない。
 俺はすぐに返事をし、古手さんは扉を開ける。

「おはようございます」
「ああ。おはよう」
「お祭りの準備は昨日終わったようなので、後は夕方まで待つだけなのですよ」
「ああ、そうだな。夕方はよろしく頼むぜ? 出来るだけうまいものを食ってくれ」
「食べられるだけなら、食べてあげますよ。リクエストしてくださいです」
「ありがと。梨花ちゃんは良い子だな」

 自然に……手が動いた。
 古手さんの頭の上へ。
 ……そして……気づけば頭を撫でていた。
 …………何故……?

「――――っと、どうした古手さん」

 古手さんは――俺に抱きついてきた。
 涙を流しながら、ぎゅっと。

 何故……何故古手さんが抱きついてきたのか分からない。
 何故……涙を流しているのかも……分からない。


 何で……心が痛むんだ……?


 それすらも…………分からない。







 ぺた










 

「そう言えば……認識……出来る人は俺に触れることが出来るんだな……」










 ずっと……ずっと俺の胸で涙を流す小さな少女の頭を……優しく撫でながら時が経つのをただただ見守っていた。






 









 ドン!! ドン!!


「――――――っと、あ、あれ!?」
 急に耳に入ってきた太鼓の音に俺は目を覚ます。
 ……寝ていたみたいだ。
「……古手さん……」

 古手さんも静かに眠っていた。
 気がついたら、二人とも寝ていたんだ。
 俺は頭を撫でたまま。
 古手さんは……俺の服をぎゅっとつかんだまま。


 かわいらしい寝息を立てながら、すやすやと眠っている。
 

「…………ありがとな。…………梨花ちゃん…………」

 ……………………。

「………………?」 

 あれ?
 今……何て言ったっけ?

 ………………思い……出せない。





 ひぐらしが大合唱を始める。
 今までも鳴いていたのだろうが、まったく耳に入らなかった。
 こんなに……五月蝿いくらいに鳴いていたというのに……。

「…………ん……ふあ……? 圭一……」
「おはよーさん。尤も、今は夕方だがな」
「あ……!! もうお祭りは……」
「始まってるみたいだな。どうする? 今からでも行くか?」
「……行かないのですか……?」
「いや、あまりにも気持ちよさそうに眠っていたから……このままでもいいかな、ってな」
「自分が……大切ではないの……?」
「……あれ? そういやそうだな。……何でだ…………? …………ま、いいか」
「…………やっぱり……圭一なのですね……」
「それも全部、いずれ分かるんだろ? 綿流しだって年に一度って事は来年もあるんだろ?
 今年駄目なら来年に楽しませてもらうさ」
 それでも駄目なら再来年。
 チャンスは毎年来るんだ。いつまでかかったって構わない。
 ひぐらしの声を聞きながら、……今はこうしていたい気分だ。
「駄目です」
「……何が?」
「チャンスは……今年だけなのですよ。来年なんて無い。今年だからこそなのです……!!」
「………………」
「……それでも……いいのですか?」
「…………いいさ」
 笑ってそう言う。
 だって……馬鹿馬鹿しいじゃないか。
 祭りを楽しむ。
 そんな簡単な事に振り回されるなんて。
 まだ祭りはやってるみたいだが、日は暮れ、すでに外は暗くなってきていた。
 ひぐらしも……いつの間にか鳴き止んでいた。
 祭りってのはやっぱりはじめから終わりまで、きっちり遊び倒してこそ楽しいものだ。
 それは古手さんも分かっていたようだ。
 ……だからこうして質問をしているのだろう。
「いいんだよ。俺は……振り回されるよりは……ここに居たい。それだけだよ」
「……圭一……」
 ひぐらしが鳴き止んだかと思うと、今度は夜に鳴く虫たちがその声を響かせる。
 夜に鳴く虫と言えば鈴虫とかをイメージして秋だと思うかもしれないが、夏でもちゃんと虫たちは鳴き声を聞かせてくれるのだ。
 今はただ、その声を聞いて静かにすごしていたかった。
「……駄目です。駄目なのです。圭一、今からでも遅くない。はやく行くのです!」
「おいおい、俺は別に……」
「さっきも言いましたがこの機会を逃すと本当に次は無いのですよ!? だから……」
「でも、俺は君とここで一緒に居たい。……そう思ってる」
「……だったら……だったら、尚更なのです……。私と一緒に居たいと思ってくれているのなら……行って下さい。……圭一。
 後悔しない、……あなたはそう言いました。だから……言います。
 これから、……圭一。あなたは、本当に悲惨な目に遭います。でも……それを乗り越えないと圭一は圭一でなくなってしまいます……。……だから……お願いです。……行って……ください……」
「古手……さん」

 また……涙を流す。
 古手さんが。

 ……いや……俺も流している。
 何故かは……分からない。……だけど……無性に流れてきて、止められない。
 俺は……行かなきゃならない。
 理由は分からない。
 ……けど……行かなきゃならない。
 彼女がそう教えてくれた。


 そうか、そうだったんだな。


 俺が求めている物……。



 俺自身。








 そうだったのか……?
 なぁ、…………**ちゃん……。










 ぺた







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