「………祭りを楽しめって言われたけど……」
……もう、人が居ないんだよな。
お祭りは神社のすぐそばで行われるため、お祭りに来ている人の声や、祭囃子も聞こえてくる。
だが、それらが聞こえなくなった境内は、既に祭りが終わっている事を物語っていた。
「……参ったな。楽しもうにも、これじゃ無理……だよなぁ……」
俺の求めるものは、楽しむ事で見つかるらしい。
……ならば、これでは既に見つからない……?
…………いや、それなら古手さんがわざわざ俺に祭りに行けと言った意味が無い。
求めるものを取り戻す方法があるからこそ、俺にここへ来るように言ったはずだ。
「さーて、帰るぞ、皆」
「おーう!」
「結構楽しめましたね」
「去年は敵対関係にあったなんて思えないなぁ!」
「まったくだ」
………………ん……?
あの人達は…………あれ?
……あの人……見覚えがある。
あの顔は…………えーと………………。
「おやっさんと呼んでください。親友がそう呼んでいるので。」
「――――そうだ。あの人は……おやっさん……。」
…………おやっさん?
……って……何で…そんな事知ってるんだ俺は……?
…俺の……求める物…………。
「…………記憶……!!」
そうだ……俺が求める物ってのは……俺自身の記憶……!!!
俺は……過去、あの人に会っている!!
なら……あの人のそばに居れば、何か思い出せるかもしれない……!
あの人達に俺の姿は見えない。
ならば……尾行も簡単なはず……!! 姿が見えないのだから、バレることは無い。
今だけはこの体質に感謝しなきゃな……!
「……ずいぶんと森の中へ入っていくんだな……」
俺は彼らについていき、どんどん森の中へ入っているのに気付く。
……この道……初めて通ったわけじゃない気がする……。
何故かは分からない。……あの時……古手さんに始めて会った時。
その時に感じた懐かしい感じと同じ感じがする。
……この人達が通っていく道には、見覚えがあり、何故か親しみがわいてくる。
俺は……ここを何かの目的を持って通ったんだ。
……そうだよ。俺はここを通った事がある。……間違いない。
ならば……俺がこれから行きつく先にあるものも…見覚えがあるのかもしれない。
そしたら……俺の記憶はまた一つ、戻るかもしれない。
…………何だか楽しくなってきやがった……!!
へへ、「楽しむ」って、この事だったのかもしれないな!
……しばらく歩き、そろそろうんざりしてきた頃、…………建物が見えてきた。
…あれは………………。
「……ダム………………」
唐突に、「ダム」という単語が頭をよぎる。
……ダム……?
この建物と……ダムと……一体何の関係が…………?
………………。
「……畜生、分かんねぇ……。…まてよ…。……えーっと……」
ダムって言ったらあのダムだよな……?
水を貯める……。……それ以外に何かあるか? …いや、無い。
…というより、俺は何故か水を貯めるあのダム以外のダムと連想の出来るものを否定している。
……これも…無くした記憶が少し戻ったという証なのだろうか。
「……そういえば…確か『敵対関係』って誰かが言っていたな。…って事は……」
…あくまで推測に過ぎないが……この村…一度ダムに沈められそうになったのか。
「ダム」ときて「敵対関係」となれば、「ダムを建設しようとしていたが、ここの住民に反対されて建設は中止された」と考えるのが普通だ。
俺でもそれくらいは分かる。
……って事は……ここはダム抗争時に建設をしていた場所……もしくはその事務所ってところか……。
……分からないのは何故か俺にはここが懐かしく感じられる事……。
それも記憶が戻ったら分かる事なのだろうか。
「…………あれ? どこに行った!?」
……しまった…!!
色々考えてるうちに見失っちまった……!
……ちいっ!!
あのおやっさんという人から離れているうちに、俺の記憶を取り戻す手がかりが分かる「何か」が起こるかもしれない以上、あの人から離れるわけにはいかない……!
おそらくあの建物の中なんだろうが……俺がたどり着くまでは何も起こらないでくれ…!
そう思いながら、俺は建物の壁に向かって走――――
「――――いでっ!!??」
う……ぁ!?
あいててて……うぇっ!?
す……すり抜けられるんじゃないのか……!?
…すり抜けられると思った。
あの時、……古手さんが出した湯飲みを持ったら俺の手をすり抜けて落ちてしまったから。
だけど…すり抜けられない……?
「…………そういえば…湯飲みはすり抜けたけど、最初からすり抜けたわけじゃない。俺が少しでも『持った』からすり抜け、そして割れたんだ」
ただ置いてある湯飲みを手がすり抜けただけで割れるはずが無い。
……って事は、あの時、俺は少なからず湯飲みを持ったんだ。
……それに、全てがすり抜けるのならば古手さんの自宅へ上がった時に足が床をすり抜けるはずだ。
そんな事は無かったし、もっとひどければ地面にも埋まってしまうだろう。
…………つまり……中途半端にすり抜けるのか……。
持てる時は持てるが、突然すり抜けてしまう時がある。
ついでに言ってしまえば、壁にめり込んだまますり抜けられなくなり、抜け出せなくなったりもするんだろうな……。
壁抜けは極力控えるか……。
あたりをキョロキョロと見回し、入り口を探す。
すると、すぐに入り口は見つかった。
「関係者以外立ち入り禁止」という、古い看板があるが、……まぁ関係ないだろ。
見るや否や、速攻無視して俺は扉を開けた。
「…………やっぱり懐かしいな。」
ここに来てから、ずっと懐かしいの連続。
この廊下も……通った事がある気がする……。
「…………おや? 前原さんじゃありませんか」
「……え?」
「一体どうしたんです? こんな時間に、こんな場所へ」
唐突に、話しかけられた。
その声の主が古手さんで無かったからか、…………今の俺はひどく驚いている。
「あ……あの、俺が…見えるんですか……?」
「……? 何を言っているんですか。…こんな所で立ち話も何ですね。奥へどうぞ」
「あ、……はい」
……おやっさん。
俺の頭の中に浮かんだ名前を持つ主は、俺の事が見えていた。
……さらに、口ぶりから俺の事も知ってるな?
…………こいつは…チャンス……!
「こちらへどうぞ。……へへ、散らかっていてすみませんね。」
「い、いえ。」
……そこは、見るからにダムを建設していたという証拠になるような物がズラリとしていた。
クモの巣も張ってあり、どうやら長い間使われていないようだった。
古びたシャベルやつるはしがその辺りに転がっている。
「どうですか? あの後、急に姿を消したと聞いていますが。」
「…………え? あの後…って……?」
「…おや? あれほどの快挙を成し遂げておいて、忘れちゃったんですか。もちろん…………」
「あ……あの!!!」
おやっさんが語りかけた時……だれか、別の人の声が響いた。
俺も、おやっさんもそちらを向く。
「何だ? 今、前原さんと話しているんだから、あっちへ行った行った」
「い、いや……。げ、現場監督」
「今は違うよ」
「失礼しました…。ここへ来るとどうもそう呼ぶようになってしまって……」
「……で? 用件は?」
「…あの…監督…。……一体…誰と話しているんですか……?」
その人がそう言った時……おやっさんの目が見開かれる。
「何を言っとるんだ!! 前原さんだよ、前原さん!! 失礼な事を言うな!! ダム抗争の時私達もお世話になっただろうが!!」
「わ、分かってます……! 分かってますけど……そこに前原さんは居ませんよ!?」
「な……何……?」
おやっさんはこちらを向き、俺を凝視する。
……しばらくすると、また向きを変えて怒鳴り始める。
「前原さんは居るじゃないか!? お前、頭がおかしくなったんじゃないのか!?」
「……なっ!!? …お、おかしいのはあなたの方でしょう!! そこには誰も居ませんよ!! なぁ、皆!?」
その人がそう言うと、他にも、5人出てきて、首を縦に振る。
…………おやっさんには見えているが……この人達には見えていない……?
一体……どうなってるんだ…?
「貴様ら……!! さっきから失礼だぞ!! 謝れ! 前原さんに謝れ!!!」
「おかしいのは……あんたの方じゃねぇかぁぁああっ!!!!」
「――――っ!!!? やめっ……!!」
……言おうとした。
「やめろ」と。
……だけど………………もう、遅かった。
「……がっ……あ……!?」
「…ハァ…ハァ……ッ!! うらぁああっ!!!!」
シャベルを取ったそいつは、その、手に持った……シャベルの鉄の塊をするどく磨いだ部分を使って……おやっさんをめったざしに……!!
「……おい…何ボーッと見てるんだ!? お前らもやれっ!!」
「…!!」
「やれっ!!!」
「――――――っ!!」
「や……やめろ……お前達……がぁっ!!」
……何だ……?
何だよ、これ……。
何してるんだよ…おい、お前ら……何してるんだよ!!!
やめろ!! やめろよ!!
そんな事したら……そんな事したら……!!
「おやっさんが死んじまう……!!!」
……俺の声は……届かない……。
やめろ……やめろ…やめろ…やめろ!!
そう……叫んでいるのに……!!
目の前のこいつらは……おやっさんを……!!
――――――ドクン…
……あ…れ……?
この……光景……。
俺は……この光景を見るのは……初めてじゃない。
奴らが腕を振り下ろすたびに……おやっさんは傷ついていく。
既に息は無いというのに……奴らは……それをやめない。
それを続けるうちに……世界は……赤に染まってゆく…………。
「――――――――!!」
赤
赤
赤
赤。
赤い……世界……。
「――っ、う……うぁあああぁああっ!!!」
「「「「「――!!!」」」」」
赤い世界……?
全てが……赤く染まり行く……。
そう……今の……この部屋のように……!!
……思い出した。
俺は……一度……この光景を見たことがある……!!!!
「……なっ!!? あ…あんたは前原!?」
「いつの間に!?」
――――こいつら俺が見えてる!!?
まずい……まずいまずいまずい!!
奴らは今の今までおやっさんをめったざしにしていたような奴だ……!
今の状態はかなりの興奮状態、さらにシャベルやつるはしを持っている……!!
俺の中の警告を知らせる鐘が……五月蝿いくらいに警告音を発している!!
「――――!!」
「――! 待ちやがれ!!」
とっさに、足が動く。
本能が語っている。……ここに居れば……俺は必ず消されると!!!
「ちぃっ!! 逃がすな!!」
「くそったれ……!! 待ちやがれ!!!」
誰が待つかってんだよ!!
そんな血まみれのつるはしやらシャベルやら持って追いかけてくるような奴らをよぉ!!
「*してやるっ!! うぁあぁああっ!!」
「――――っ!!」
俺はとっさにしゃがみこむ!!
「ちぃっ!!」
「あ……危ねー……!!」
空を切ったシャベルが、今の俺には不愉快極まりないような音を鳴らし、壁に激突する。
その時の金属音を聞いて、俺は改めて命を狙われているんだと自覚する。
もう、奴らの頭には「容赦」という文字は消えうせている。
たとえ子供一人だろうが、全力でその死神の鎌とも言える凶器を振りかざしてくる!!!
「くっ……ぐぁっ!! ……くっ……!!!!」
「くそ……ちょろちょろと……!!」
だ……駄目だ……!!
こっちは丸腰の子供、相手はシャベルを持った大人……!!
勝てるわけがない!!
「おらぁああっ!!」
「うわっ!!?」
な……何てパワーだ……!?
壁をえぐりやがった!!
あんなので殴られたらひとたまりも無いぞ…!?
「うらぁっ!!!」
「――――っ!!」
逃げる。逃げる。
残っている力を全て集中し、俺は足を必死に動かして出口へ向かう!!
「――――――っ!!!」
廊下の、ちょうど十字路になっている部分。
そこの、廊下の影に……人影がある……。
その影は……あきらかに俺がそこを通るのを待っている。
つるはしを……バットを構えるかのように振りかぶって……俺がそこを通るのを待っている……!!!
やばい……やばい!!
もう止まる事は出来ない!!
俺の足は止まる事を許されない!!
それ故に、俺の脳はそれを理解したところで足に止まる命令を出そうとしない!!
やばい…………やばい……!!
このままでは……確実に俺は――――
* * *
「――何!?」
「……………………」
……何だ?
何が……起こったんだ?
俺の足……。
地面に……ついて…ない……?
俺は……ジャンプしてかわしているのか……?
頭が天井にぶつかるギリギリまでジャンプして……俺の身体は宙に浮いている……!?
俺……こんなに飛べるっけ……?
ガシャン!!!
俺の腹に風穴を開けるつもりで放たれた、強烈な一撃。
それは、俺のはるか下で空を切り、そのまま鏡にぶつかった。
鏡の割れた破片が、俺のすぐそばへ滑り、転がってくる。
そこに映っていた俺の眼は、見慣れない眼へと……変貌していた。
「……これは……」
「ちっ……! くらえ!!」
「――! おっと!!」
「こっちにもいるぞ……!!」
「……!! くっ!!」
「いらっしゃい」
「なっ!!?」
う……嘘だろ……!?
いつの間にか、俺のまわりを取り囲むように……奴らは居た。
何とか全ての攻撃をかわす事が出来たが……これじゃ時間の問題……!!
どうする……どうする……!?
「…手こずらせやがって……!! これで終わりだ!!!」
「…………!!!」
――――その時。
…奇跡でも起きたのだろうか。
俺は、それに気がついた。
カラン、カラン。
「……が……!?」
シャベルが、男の腕から……滑るように落ちる。
奴がシャベルを振りかぶった時…俺の視界に一瞬、さっき割られた鏡のかけらが写った。
俺はとっさにそれを持ち、振りかぶったせいでガラ空きになった奴の腹へ……突き刺した。
「や……野郎……!!」
「このくそガキがぁああ!!」
遅い。
……もう遅い!!
一人倒れた時点で…………もう突破口は出来てるんだよ!!!
……そう。
俺は今まで、こいつらに取り囲まれていたせいで、逃げ出す事が出来なかった。
……だが。
一人倒れた時点で……もう出口の穴は開いている!!
後はそこから逃げ出すだけ……!!
俺は今度こそ、残っている力を全て使い、瞬発力を最大限まで引き上げ、走る。
もう、追いつかれないように。
もう、囲まれたりしないように。
もう、シャベルやつるはしで襲われないために……!
とっさに脳裏にある光景が蘇る。
必ず迎えに行くと……俺が言っている。……だから……走る。
いつか交わした……約束を守るために……!!!!
「うおおぉおおおおおぉおぉぉぉおお!!!!!」
* * *
「…………ハァ、……ハァ、……っ、ハァ……!!」
どのくらい走ったのだろうか。
……もう、俺の足は動かない。動かす事が出来ない。
俺の足は先ほどから悲鳴をあげている。もう走らないでくれ、……と。
ここがどこなのか、まったく分からない。
奴らを振り払うため、俺は森へ入った。
道を逃げいては、俺の姿が奴らの目にも入る。
それでは困るのだ。俺が逃げ切れるためには、奴らの視界から消えるのが一番いい。
だから、森へ入ったんだが……。
「……くそ……!! ここ……どこなんだよ……」
畜生……迷子かよ……。
辺りは既に真っ暗だし、右も左も見えない。
周りを木に囲まれ、月明かりすら入らない深い森の中。
いつの間にか、俺はそこへ入り込んでしまっていた。
「……圭一」
「誰だ!?」
俺はビクッとしながら、声の聞こえた方向へ振り向く。
こんな深い森の中に居たからこそ、過剰に反応した俺の神経は、目を凝らしてその存在を確かめようとする。
「…………君は……」
「………………」
「何でこんな所に居るんだ? ……羽入」
「……こっちへ……」
「………………」
……こっちの質問には答えてくれない……ってか。
まだ俺は嫌われてんのかよ……。
「……早くしてください。追ってきています」
「何……!?」
「くそガキーーーっ!! どこへ行きやがったーーー!!!」
「出てきやがれーーー!!!」
……本当だ。
耳を凝らせば……聞こえる。
奴らの……狂った叫び声が……!!
「圭一……! 早くこっちへ!」
「あ……ああ!」
もう、考えている暇は無い。
これ以上どこへ進んでいるのかも分からずに進むより……羽入の後をついていった方が得策だ。
「……………………」
「……………………」
沈黙という言葉がお似合いの、この状況。
羽入は俺と口を利こうとしないし、俺も無理に利くつもりはない。
そうすると、自然と無言となり、沈黙という状態へ陥ってしまうのだ。
「……着きました」
「……ここは…………祭具殿……?」
「…中へ」
「…………え……?」
「まだ充分ではありません。……今は、ここからでしか、送れない」
「……何を言っているんだ……?」
「…………中へ」
「……………………」
再び沈黙が俺達を包む。
俺も羽入も、互いの瞳を見つめ合っていて、何も言おうとはしない。
……しばらくして、羽入は再び言う。
「……中へ」
「………………分かったよ」
このまましていてもどうしようもない。
ここは……素直に従った方がいいだろう。
…………祭具殿……。
古手神社に建っている、雛見沢で最も神聖な場所。
「この中に何かあるのか?」
「………………」
「……ちぇっ……。分かった分かった。入ればいいんだろ?」
「………………」
嫌な予感はしていない。
だけど、何となく……聞きたくなった。
この中に何があるのか。
……それは……俺の無くした物と関係があるのか……と……。
祭具殿の、扉が閉じていく。
ギィィと、きしむ音が俺の居る小さな部屋に響く。
それは、とても懐かしい音。
夜の虫達に混じって、俺の耳に聞こえてくる音。
多少の安堵感を覚えながら、俺は光の無い世界へと入っていった。
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