第二の年         









 ……暗闇……。
 ここはどこだ、……そんな自問自答の答えはすぐに出てくる。
 真っ暗な世界。
 その暗い世界は、ここがどこであるのか、なんて疑問をあざ笑うかのように、何も無い。
 …………いや、無いように見える。

 そこには何かがある。
 ……だけど……今の俺にはそれが何なのか、……分からない。
 手探りを行えば、それに触れることは許される。
 だけど、真っ暗な世界は、俺の認識をする感覚を鈍らせ、それが何なのか、結局理解できない。

 それに、手探りはかなり危険だ。
 先に何があるのか見えないのだから、とがった物等の危険物が先にあった場合、それは自らを傷つけるだけの行為となる。
 ……結局、手探りでそこに何かがあるというのが分かるだけで、目で見る事が出来ない以上、それを触る事が出来ても……意味がない。
 それがよほど特徴的な形であるのなら……話は別だけど……な。

 俺の感覚は……既に完全に麻痺していると言ってもいい。
 触っているのは分かるが、それがどんな形で、どんな感触がするのかは分からなかった。


 ……その時、俺を……何かが包む。
「……………………あれ……は……」

 ……ひ……か…り……。
 光……。




「………圭一……」
「………………」
「……圭一!!」
「…………!!」
「――圭一!!」
「――――――っ!!」

「……圭一。大丈夫ですか……?」 
「…あ、俺……」
「祭具殿の中ですよ。……何があったのです?」
「い、いや。実は、あの後――――」

 ……ん……?
 あれ……。

「なぁ、古手さん。少し見ないうちに……大きくなった……か?」
「………………? 当然なのです。ボクは大人に向かって歩みつつあるのですよ」
 にぱ〜☆と笑いながら、古手さんはそう言う。
「……そ、そうだよな!」
「当然なのですよ」

「…………まさか……」
「……どうしたのです?」
「なぁ、古手さん。……今……何年だ?」
 その言葉に、古手さんはピクッと反応した。
「……そう。…………今は昭和55年よ。どうやら気がついたようね……」
「――!? な……!?」
「驚くのも無理は無いけど……あなたも一度は知った事よ」
「何を……言ってるんだ? 君は……誰だ……?」
「私は古手梨花。それ以外の何者でも無いわ。そして――あなたは前原圭一。それもまた、ゆるぎない事実」
「何が言いたいんだ……?」
「私はずっと――――」
「……………ずっと…?」
「なんでもないわ」
「そう……か」

 ……違う。
 明らかに……違う。
 俺は…………そうだ。
 羽入に言われて、祭具殿へ入った。
 そしたら……意識が途切れて…………ここに居た。

 そしたら……変わっている部分が…さっきまで俺が居た世界とはあきらかに違う部分がある。
 ……日付……。
 俺はさっきまで昭和54年に居たはずなのに……。
 今は昭和55年になってる。


 ……そう言えば……。

「まだ充分ではありません。……今は、ここからでしか、送れない」

 ……羽入は、そう言った。
 送る……って事は……まさか、……俺をここへ送る事を示す…のか……?
 ならば……まだ充分で無いというのは、俺を転送するだけのエネルギーが足りないと言う事。
 ……彼女の行動、言動から考えても――間違いない。

 俺は……羽入によってここへつれてこられた。
 時を……一年あの中で過ごしたのか、……この時間へ飛ばされたのか、どちらかになるが……。
 一年あの中で過ごしたってのは無いか。
 一年も飲まず食わずで、かつ冬もあの中でずっと過ごし、今俺が生きているという事はありえない。
 ……それに、何よりの証拠が――。

「やっぱり古手さん大きくなったな。背が伸びてるよ」
「にぱ〜☆」

 俺に変化が無い事。
 一年あの中で過ごしたのなら、一年分俺の身体は成長しているはず。
 そうでなくとも、最低服はかび臭くなっているだろうし、髪の毛もボサボサのはずだ。
 ……だが、今の俺にそれらの状態は見られない。

 やはり……俺はここへ飛ばされたのか。
 ……………………あぁ、畜生。

 おやっさん……。
 あれは……夢でも幻でもないんだ。
 血は止まっているが、痛みはまだある。
 それも俺が時間を飛んだ証拠にもなるが……何よりも……。

「あれ…………俺のせいで……*されちまったんだよなぁ……」
「……………………昨年……あなたが居た事で何が起こったのか……聞かせてください」
「…………ああ」

 ……昨年……か。
 何だか変な感覚だ。
 俺にとっては、つい昨日の話にしか思えないのに、……まるで、祭具殿の外の時間のスピードが急激に速くなったように感じる……。
 もう、一年経ってしまったんだ。

 あの事件から……一年……。
 あの後……。

「……? 何を持っているのですか?」
「ん? 何だろ…………!?」

 気がつかなかった。
 何かを持っている事に、まったく気がつかなかった。
 まだ、俺の神経は麻痺しているのだろうか……。
 俺が持っていたのは、五寸釘。
 それよりも…………この……黒いの…。何だこれ……?
「…………あれ……? 圭一、その……後ろの…何ですか………………?」
「…………え」


「――――――――ひっ!!!」
「――――なっ!!?」

 こ……これは……死体!!?

 じゃ……じゃあ…俺がずっと触っていたのは……こいつ…!?
 まてよ……。この顔は……!?
 それに…俺がガラスで切りつけた……腹の傷もある……。
 こいつは…俺とおやっさんを襲った……あの、惨劇を一番最初に起こした奴じゃないか!?

 ……そうだ。
 思い……出した。
 扉が閉まる直前に……こいつが足を入れ……無理矢理その身体をねじ込んで侵入してきたんだ。
 俺は……とっさに…………この五寸釘で…………。

「…………心臓部分に穴が開いてる…………」
 近くには…心臓を一突きした時、わずかに出た返り血がついた木槌が落ちていた。

 ……て事は……この釘の先端についている黒いものは――

 元々……赤かった………………?



「うっ――――」
「静かに!! 圭一、落ち着きなさい!!」
「――――!!?」
「……そう。この世界じゃこうなるわけね…………」
「この……世界……?」
「圭一の存在はそれ自体がイレギュラー……。何が起こるのか分からないから聞こうとしたけど……」
「古手……さん……?」

「埋めましょう」
「…………え」
「埋めるわよ。こんなもの……いつまでもここにおいてられないわ」
「な…………」
「まかせなさい。一応……埋めた事……あるから」
「……死体を……か……?」
「…………あの時は……レナ……だっただけ……」
「………………?」


「あなたも……二度…あるはずよ」
「…………な…何を言っているんだ? 俺が何で………………」



 ――――――――!!!!



「い……でぇえ……」
「痛い……だと?」
 この程度で痛いだと?
 ……ふざけるな!!!
「沙都子を傷つけた……。いつまでも消えないような心の傷をいくつもいくつも!!」
「ひ……ぃいいぃ!!」
「逃がすものか――――」






















「――――――――――!!!!」

 …………何だ、この……記憶は。
 …俺は……何をしている?
 ………………殴ってる。
 …何を……?




 ――――人間を――――





「圭一」
「――――!!!!」
「いくわよ。見つかったら……面倒だわ」
「あ……ああ」


 古手さんは静かにそう言う。
 彼女の瞳は…恐ろしいまでに古手さん自身の冷静さを物語っている。
 ……まるで……何度も何度も……こんな体験をしてきたかのような……。
 …そんな……瞳だった。

















「……このあたりでいいでしょう……」
「…………そう……だな」
「早く穴を掘って埋めるわよ……」
「………………」
 俺は黙ってシャベルを持ち、……土を削っていく。
 
 …………何で……。
 何で……今の俺は…道具を持ってもすり抜けないんだろうな?

 おかげで……穴を掘るのが快適だ…………。





 穴を掘ったのは深い森の奥。
 …………分割して……持ってきた。





「……なぁ、古手さん。これで……これでよかったのか……?」
「仕方の無い事よ。話を聞く限りじゃ、自己防衛だわ。気にすることはない」
「で……でも……!!」
「こんな事……確かにイレギュラーではあるけれど。何て事……ないわ」
「…………――――っ」
「早く離れましょう。長居は無用なはずよ」
「……そう…だな」

 後ろめたさが、後悔が、俺を包む。
 あの場に、俺が居なければ……おやっさんは無事に過ごす事が出来た。
 あの場に、俺が居なければ……今、埋められてしまった人も……笑って、今を生きていたのかもしれない。

 俺は…………。

「落ち込むのは、早すぎます」
「…………」
「これから先、あなたは何度もこんな体験をするのですよ?」
「……何…度も……? …………ど……どうして……?」
「………………」
「ど……どうして!? 何で俺がこんな思いをしなきゃならないんだよ!!?」

「あなたが決めた事でしょう!!!!」

「……!!!」

「しっかりしなさい。これは、誰の意思でもない、他ならぬ……あなたの意思なのよ……?」
「………………え……」
「この先、あなたを迎えるのはあなたにとって毒にしかならない。そういわれたはず」
「………な…何を……言って……」
「それでもあなたは行くと決めた。……だから……約束したのよ!!!」

 …な……?
 さっきから……古手さんは何を……?

「これから何があっても……くじけては駄目! あきらめては駄目!! 自分の進んだ道を信じて進みなさい!!」
「古手……さん……?」
「それが……私の知ってる前原圭一よ」
「……………………」

 

 …………俺……。
 ……俺は……前原……圭一。

 俺は…………。
 前原圭一って奴は……どんな奴なんだよ……。
 ……教えてくれよ……。

「これ以上の干渉は出来ない。私はあなたに……干渉しすぎた。……だから、もう……今回は助けられないわ」
「………………」
「信じて進みなさい。……あなたは必ずゴールへたどり着けるはずなんだから……!」
「………………」
「……返事は……?」
「………………ああ。分かったよ。俺は……俺の道を進む」
「……それでこそ……圭一。……では、私はこれで。もう、大丈夫なはず。」
「……ああ」
「頑張って」








 ………………。
 何だか……事態がまったく飲み込めてない。
 一度……整理しよう。

 
 まず……俺は記憶をなくして神社の傍で転がっていた。
 そこで、古手さんを見つけた。
 俺の身体はちぃっと特殊な体質になっていて、中途半端に物をすり抜けていた。
 他人には見えない。
 そんな、特殊な体質にいつのまにかなっていたんだ。

 だけど、おやっさんには見えた。
 最初、見えないと言っていたあの犯行グループも、途中から見えていた。

 そして…。

 ………………? ……そういえば、ガラスを掴んだ時も、シャベルで殴られた時も物は透けなかったな。
 
 …………まてよ?
 俺がガラスを掴んだ時……。
 シャベルで……殴られた時……。

 …………そうだ。
 おやっさんが……*されている光景を見ていて、逃げ出した時……身体がいつもより軽かった。
 ……身体能力の向上……………。

 ……………!! 眼だ!!

 俺は、興奮したり、怒ったり……。
 とにかく、感情が不安定な状態だと眼が変化する。

 そして、それは……湯飲み、殺害現場、祭具殿の中、今、死体を埋めた時…………全てに当てはまる……!!

 …………って事は…俺の眼が変化している間は物質に触れる事が出来るのか……!!
 ……そう言えば、最初見えなかったはずの奴らに、途中から俺の姿は見えていた。
 ……もしかすると……眼の変化中は一般の人にも俺の姿は見えるのか……。

「……………………」

 …………嫌なことまで……思い出すな……。
 ……色々あったが、あの惨劇は……もう終わった……。
 今は全て、闇の中へまぎれたんだ…………。

 …………闇……か。
 俺は一体どこから来たんだろう。
 闇から生まれた、とでも言うのかね……。

 

 ……全ては俺の記憶が知ってるか。
 去年……と言っても実感無いが、昭和54年で生きたおかげで俺の記憶は少しだが、戻りつつある。
 このまま行けば56年、57年と順番に巡っていきそうだが、それでも構わない。
 今、実感している事だが…自分自身の正体が分からないってのは、相当気味が悪い。
 記憶が戻るのなら、何だってしてやるさ…………。

 ……そう思った俺は、…反射的に振り返る。
 あれも、俺が時間を旅した事による一つの結果。
 確かにあの時の状況では自己防衛になるだろうが……それでも、俺のした行為は……決して俺の頭から離れる事は無い。
 
 思い出したら……釘を打ち込む時の……あの……感じも……。
 全て……全て……蘇ってくる……。





 パチン!!
 





 …俺は……俺自身の頬を強くひっぱたく。
 痛みがジンジンと来るが、それすら……今の俺には心地いい。



「…………いけない。こんな事じゃ駄目だ……!!」

 もう、これは……過ぎてしまった事なんだ。
 忘れてしまってもいい事では決してない。……だが、いつまでも抱え込むものでも決してない!!
 ……自分の道を信じろ……。

 今は……この言葉を信じて進むしかない。
 今の俺には……そうするしかないのだから……。




「…………これから……どうするかな……」


 『……干渉しすぎた……。』
 『もう、助けられない。』

 ……野宿するしか……ないか……。



 ……どこかに野宿するのに適切……って言ったらおかしいが、そんな場所はないだろうか。
 俺は辺りをキョロキョロと見回し、歩みを進めた。

 ……とりあえずは雛見沢まで戻ろう。
 ここまで来た道のりを戻ってゆけば雛見沢に戻れるはず……。



 


「……来る時は気がつかなかったけど……かなり森の奥まで来ていたんだな……」

 ……あの時は俺自身、頭の中が空っぽだったから気がつかなかった。
 来た道も、うっかりすれば分からなくなるほどだ。
 
 …………古手さん……その辺りも考えていたんだな……。
「……まったく……俺って奴は……情けねぇ……」
 
 ……今思えば……俺は助けられてばかりだ。
 最初に古手さんと出会った時から、ずっと助けられている。
 …………そういや、羽入にも助けられたんだったな。
 ……後でちゃんとありがとうって……言わないとな……。

 そんな事を考えながら、来た道を戻ってゆく。
 ……戻ってゆく。

 …………戻って…………。

 ………………。



 

「……ここ……どこ……?」
 
 





 




































 ……ひぐらしが鳴いている。
 空はもう赤く染まり、日は沈み始める頃だ。

 あれから、何時間歩いたんだろうな?

 …………見当もつかない。

 



 ……迷子……かよ……。


「…………………………」

 …そう考えただけで、心身共に疲労がより感じられる。
 ……まいったな……。

 雛見沢に近づいている事だけは確かなんだが……。

 ………………。
 ……。
 …………?







 ……あれ……誰か…居る!?

 暗かった表情が、パァっと明るくなる。
 ……確認しているわけではないが、間違いなく俺の顔はそうなっている。
 人が居るって事は……山から脱出できる……!

 やっほぉおおい!!!





 俺は速攻その人に近づき、声をかける。


「あ、あの! す、すみません」
「………………むぅ……?」
 
 ……!
 俺より……年下っぽいな……。
 ……いや、今はそんな事どうでもいい!!!

「この山から雛見沢まで、案内してもらえるかな? は……恥ずかしい話、迷子になっちゃって……」
 
 俺は頭を掻きながら、その少年へ言葉を伝える。
 
「……ごめんなさい。それは……できません」
「…え……? ……何で?」
「…………僕も…迷子なんだ……」
「……………………」


 俺達の周りでひぐらしが鳴いている。
 ついでにカラスも鳴き始めた。



 ……俺も泣いてやろうかな……。























 









「……むぅ……。続く……の?」
「……続く」







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