「……僕も迷子なんだ」
 …………僕も……迷子…………?
 ……えっと、確かに…俺はかなり山奥へ入り、無謀にも古手さんと別れて(あの時山を降りるまでは一緒に居ればよかったなぁ……。)一人で下山、結果、当然ながら迷子となった。
 ……だが、それはあくまでも俺が雛見沢の地形を把握していないからだ。
 地図も持たずに、土地勘も無いというのに山奥から一人で下山しようとした俺のふがいなさが招いた事故ともいえる。
 
 ……だが……。
「…君は雛見沢に住んでるの?」
「……そうです」
「……ここは雛見沢なのか?」
「分かりません」

 質問が悪かったな。お互い迷子なんだから分からんのは当たり前だ。
 …………えっと……何が言いたいかってぇと……。

「…君は…雛見沢の住民でありながら……どこまでなら自分は迷わず雛見沢まで帰れる……という基準が……分からないのか…?」
「…………むぅ…………」
「……………………」

 …………。 
 …11、12くらいに見えるけど……。
 …………。

「……まぁいいか。同じ境遇の仲間が出来て何となくだけど雛見沢まで帰れるような気がしてきた。俺、前原圭一って名前だ。君は?」
「……北条……悟史」
「……悟史か。…………悟史……?」

 ……悟史……?
 はて……どっかで聞いたような……?

「……あの……圭一」
「……? 何だ?」
「さっき『名前だ』って言ったよね……? 自己紹介にそんな言い方しないと思うんだけど……。」
「……ああ、何て言うのか、世間様で言う『記憶喪失』って奴らしいんだ。俺は。知り合いがそう言うから、まぁそれでいいかなぁ……ってさ。嫌な感じはまったくしないし、この名前は気に入ってる」
「そうなんだ。……ところで……前原圭一って名前……どこかで聞いた事がある気がするんだけど……。」
「……え? お前もか? 実は俺も、北条悟史って名前に聞き覚えがあるんだよなぁ。」

 ……はて……どこで聞いたんだっけ?
 今まで、初対面の人に名前を言われてこれほど違和感を感じた事など無い。
 何故か、どこかで聞いたような気がしてならないのだ。

「「…………ま、いっか」」
「……お?」
「……むぅ」

 同じことを二人で言って、お互いに目をパチくりさせた。
 きょとん顔と言うのはまさに今の状態を言うのだと思う。

「…はは、気が合いそうだな。どうやら考える事はあまり変わらんらしい」
「……みたいだね」

 ……何だか、本気で山から抜けられる気がしてきた。
 何故かは知らんが、やる気が出てきた。

「……さて。……どっちに行く?」
「………………むぅ………………」

 ……。
 「むぅ」が口癖らしいな……。
 金髪に真紅の瞳。
 ……何だ? こんな特徴した奴を見たことがあるような……。


「にーにー!!!」
「にーにー!!!」
「にーにー!!!」
「にーにー!!!」
「にーにー!!!」
「にーにー!!!」
 
 ……何だ一体。
 どこからともなく、デカイ声が。
 
 その声はやまびことなって山全体に響くような、そりゃあもうすごい声だった。
 ……まぁ、雛見沢ならどこでボリューム最大の声で叫ぼうがやまびこがエコーするんだろうが、今のはかなり響いていた。
 ……って事は俺達のすぐ近く、最悪でも同じ山の中で叫ばれたって事だ。

 確か『にーにー』とか言っていたが、とりあえず山を散歩しているような人間なら無意味に山奥で大きな声を上げる必要は無い。
 つまり、この『にーにー』というのはおそらく悟史を指す単語なのだろう。

 結論からして、悟史の知り合いが悟史を探しに来たという可能性が一番高い。

「……助かるかもしれんな」
「……沙都子が来てくれたみたいだ」
「……沙都子?」
 はて、また聞き覚えのある名前が出てきたな。
 …沙都子……沙都子……。
「…誰だ?」
「僕の妹」
「……そいつも迷子になってんじゃないだろうな……」
 何しろ悟史の妹だ。
「大丈夫。沙都子は僕と違って迷子になんてならないから」
 一応自覚はしてんだな。…人の事は言えんが。
 …ついでに言えば、悟史はしょっちゅう迷子になってるらしい。
 一度や二度迷子になった程度で、『僕と違って』なんて言葉は出んだろうからな…。
 ……妹はしっかり者のようだ。

「……返事をした方がいいんじゃないのか? 探しに来てくれたんだろ。その、沙都子って奴」
「そうだね。おーい! 沙都子ぉ〜〜!」
「声が小さいって」
「……むぅ。でも、あんまり大きいと村まで聞こえちゃうかもしれないよ。ここがどこだか分からない以上は……」
 …一応恥ずかしいようだな。
 ……でも、助かる事を優先すべきだと思うのだが。
「いや、僕は別に……もう皆知ってる事だし、知っていてもなんともなるものでもないよ。…しいて言っても余計に評判が悪くなるくらいだし。それより、圭一が迷子になってるって事も村中に知られちゃうよ?」
「……構わねーよ。俺が見える奴なんて…………」
「………………」
「…………って……」
「……むぅ?」
「…俺の姿……見えんの?」
「……見えるよ」
 何言ってんだこいつ、みたいな目で見られた。
 いや、確かに俺がこんな事言われたら同じ反応をする。
 そうだよな、見えてるから今まで俺と話をしてたんだ。
「いや、何でも無い。忘れてくれ。……とにかく、早く沙都子って奴を呼んでくれ。早くしないと暗くなっちまう」
「う、うん」
 頭の上に「?」マークを散りばめながら悟史は、先ほど声がしてきた方向を向いた。
 頼むから、俺を病院へ送るという結論に達しないでくれよな。

「沙都子ーー!!!」

 ……おお。
 結構声、出るんだな。こいつは驚いた。


「にーにー!?」

 ……よし、着○反応アリ。
 段々声が近づいてきた。

「にーにー!? どこですのーー!」
「沙都子ー」
「にーにー!」

「沙都子!」
「にーにー!」

 ……おや、兄妹の涙の再会?
 ここってそんなに雛見沢から遠いのか?
 ……いや、この沙都子って娘、まだかなり幼い。そんなに遠いなら一人じゃ来ないはず。そもそも悟史もそこまで行かないはず。
 ……じゃあ……その涙の理由は……?

「もうっ! どこに行ってましたの! 心配しましたのよ!」
「……ごめん……」
「…それにしても……まさか家のすぐ裏をウロウロしているなんて……。探し当てるまでにまったく関係ない所を探して……苦労しましたのよ!」
「……え……? あれ、本当だ。僕の家がある……」

「何ぃぃいいぃい!!?」

 ……本当だ。
 草やら木やらで見えんかったが……すぐ傍に家がある……。

 ……え? …って事はつまり……。
 雛見沢のすぐ近くに居たってのかよぉおおぉ!!?

 そりゃないぜ…………。

「……どうしたの圭一」
「……何でもねぇやい」
「……あら、圭一さんではありませんこと?」

 ……何だ、沙都子にも見えんのか。
 今年はどいつもこいつも俺の姿が見えるってのか? 畜生、去年の苦労を返せ……。

「沙都子、知り合い?」
「知り合いも何も、……雛見沢をダム抗争で……勝利へ導いたのはこの方ですわ。にーにー、…知らなかったんですの?」
「……あれ? ……あー……、そういえば…そう……だったね」

 ……そういえばそんな話を古手さんから聞いたなぁ……。
 …ってか、自分で言うのも何だが…それほどの事をやってのけた奴を忘れていたのか、悟史は…。
 



「……ふーん……。そうか。圭一が……ね」

 ――――――――!!?
 ……殺気……?


 
「……? にーにー……?」
「…え? 僕がどうかしたの?」
「……何でも……ありませんわ……」

 …………気の…せい……だよな。
 ……まさか……なぁ……。



















「…………って訳なんだ。悪いけど、古手神社まで…何だその目は」
「オーッホッホッホ! 圭一さん、その歳で迷子になって、はずかしくありませんのぉ? しかも私に助けられるなんて!」
「…なっ!!? う……うるせぇな!! 悪いが俺は記憶喪失中だ!! 雛見沢の地形も何も分からねぇんだよ!! 第一、初対面のお前に馴れ馴れしく……」


 …………初対面……?
 ……いや……違う。
 こいつとは……。
 沙都子とは……。

「記憶喪失……? …そう……ですか。なら、分からなくても仕方がありませんわね……」



「…………そう……か。沙都子……。……思い出した……!! トラップを仕掛けまくって事ある毎に俺の頭上にタライを落とし落とし穴にはめて挙句の果てに……うぉおおお恐ろしくて思い出したくねぇえぇええ!!!!」
「…! …オ、オーッホッホッホ!! ようやく思い出しましたか!」
「ああ。今までの俺は何故お前を忘れていたんだろうなぁ。忘れようにも忘れようがないぜ!! あのトラップをぶち込まれて北条沙都子の名を忘れるなんて、そんな事出来る奴が居るわけがねぇ!! 少なくとも俺はお前の顔を見たら思い出したぜ!!!」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。私にとってそのお言葉は最高の褒め言葉。ありがたく頂戴いたしますわ!」
「……相変わらずのようだな……。その性格は俺の記憶の通りだ。二年前の恨み、必ず晴らしてやるから覚悟しやがれ!!」
「返り討ちですわ!!」
「何を〜〜〜!!!」
 
 ……懐かしい。
 随分とこいつの顔を忘れていたような気がする。


「よーし!! 鬼ごっこだ!! 二年前は敗北一色だったが、今度はそうはいかないぜ!!」
「オーッホッホッホ!! またトラップをたんまりとお受けになりたいようですわねー!!」
「望むところだ!! 必ず捕まえてやる!!!」

 ……北条沙都子!!
 トラップマスター沙都子とはこいつの事!!
 こいつのトラップを全てかいくぐらなければ勝利は無い!!


 あの時は俺もまだ経験が足りなかった。
 あいつのトラップの凶悪さを改めて思い知ったのが二年前だからな。
 
 ……だが……今は違う!!
 あの時の敗北は無駄じゃねぇ!! 俺は知った!! こいつのトラップには遠慮なんて文字は存在しないという事を!!
 ただただ、獲物を叩き潰すために仕掛けられているのが沙都子のトラップだと!!
 
 そう!! そのことを俺は思い知ったんだ!!
 故に!! 今の俺はこいつのトラップを理解している!!

 もう、俺の辞書に油断という文字は消え去った!!
 

 今度こそ……全力でいくぜぇえぇええええ!!!!




「ストーーップ!」
「!」
「!」


 ……悟史? ……悪いが、俺達の戦いに水を差すことは許さんぞ!

「……もう日が暮れるよ。帰ろう」
「……え?」
 悟史の一言で目がさめる。熱くなって……時間の事を忘れていた。

「……本当だ」
 もう、日が沈んでいっている。空はすでに夕闇だ。赤と漆黒の混じる、一日の空の中で一番説明の難しい色。

 ……日が、暮れる。
 俺は……この夕日をずっと見てきた。
 この……ひぐらしの鳴き声をずっと聞いてきた。

 ……そうだ。俺は…この景色を……自然を守ろうとした。
 ……確かに、俺は……雛見沢を守る為に……戦ったようだ。
 その途中……北条家が問題になっていた事があった。……そこだけだが……思い出せた。
 
 俺が一番欲しかったもの。
 ……俺自身の記憶。

 
 ……今までは『何となく』だった。
 だが、今回は……違う。

 『明確』に、『はっきり』と、…………思い…出した。
 


「……そうですわね。圭一さん、今日の勝負はお預けですわ。また日を改めて行いましょう」
「……沙都子」
「……何ですの?」
「ありがとう」
「…………? へ…変な人ですわね!」

 ……何て言われてもいいさ。
 本当に、感謝しているんだぜ。思い出させてくれた事に。

 ……そして……あの時感じた殺意。
 ……やっぱり……お前だったのか。悟史……。

 ……そうだよな。北条家はダム抗争時、ダム推進派のリーダーだった。
 そいつからすれば、俺の存在は邪魔でしかない。

 今、こうして雛見沢があり、そこに北条家が住んでいる限り……村からは……嫌われているのだろう。


 …………だから…………。





「…………悟史」
「……何?」
「……すまない……」
「……むぅ……?」

「…圭一さん、にーにーに何かしたんですの!? ゆ…許せませんわ!! 即地獄行き決定ですわーー!!」
「…………」
「…………」

「……アウト・オブ眼中ですわね……。……ほら、帰りますわよにーにー!」

「……うん」


 ……黙って見送る事しか出来ない。
 悟史の瞳は……冷たい。……そう…感じた…。


「……ねぇ、圭一」
「…………?」
 ……あれ? 何だ……?
 今まで冷たい瞳だと思っていたが……悟史の瞳は、いつの間にか……出会った時の、年相応の暖かく、無邪気な瞳になっていた。
 俺は瞬きなんてしていない。悟史もしていない。

 さっきまで感じていたあの「冷たさ」は……俺の…思い過ごし……か?

「…何だ?」
「今日……家に泊まっていかない?」
「…………え?」

「沙都子とも仲がいいようだし、もっと話がしたいんだ。……いいかな?」
「……あ、ああ。もちろんだ。実は俺、今日野宿の予定だったんだよなー」
「あらまぁ。圭一さんにはお似合いですわねー!」
「何だと沙都子ぉおお!!」
「本当の事を言ったまでですわ」
「ほ〜う、言うじゃねぇか沙都子……。本気になった俺様に勝てると思うのか!?」
「もちろんですわ! 負ける気なんてさらさらありませんことよ!」
「上等だ!! 明日決着つけようぜ!!」
「叩きのめしてあげますわ!!」


「……本当に…仲がいいんだね……」






















「ただいまー」
「今帰りましたわ」

「おかえり。……あれ? あなたは……」
「あ、お邪魔します。俺、」
「彼は幸一君。そこであったんだよ。それで、仲良くなったからつれてきたんだ」
「そう。ゆっくりしてってね」

 ……危ない危ない……。
 前原圭一だって言うところだった。
 ……悟史、ナイスフォロー!

「それで……幸一君はもう親に連絡したの?」
 
 ……!
 そういや……俺には家も親も居ない。
 ヤバイ、どうする……?

「大丈夫だよ。幸一の家の前で会ったんだ。だから、もう幸一の親も了承してるよ」
「…………そう」

 ……悪いな悟史……。

「何を言っていますのにー……むぐっ!?」
「とにかく、幸一は泊まっていくから。ご飯、一人分増やしておいてね」

 悟史よ、本っ当にさっきからありがとう。
 まだ幼いからか、沙都子には空気を読む事が出来ないらしい。
 
 はて? 確か俺くらいの年になっても空気が読めん奴が居たような……。 


「分かったわ」

 まぁいいか。
 とにかく、今日は北条家にやっかいになろう。

 森で出会った時は内心頼りない兄貴だなと思ったが失礼にもほどがあった。
 マジで助かったぜ、悟史。
  

「じゃあ、僕達ニ階に居るね」
「ご飯が出来たら呼ぶわ」
「私も手伝いますわ! 料理はレディーの基本ですからね!」
「失敗しないように気をつけな〜」
「何ですってぇええ!」

「すっかり仲良しね。…うれしいわ」
「……うん。そうだね」
「それじゃ、取り掛かろうかしら。幸一君の分も作らないとね」
「あ、ありがとうございます」
「とびっきりのものを作ってさしあげますわ!」
「失敗するなよな〜」
「あなたって人はぁぁぁ!!」

「む、むぅ……」
「早く作っちゃいましょ。悟史、二人をよく見ておいてね」
「分かったよ」




「ただいまー。…………おや?」

「…………お邪魔してます…………」
 
 ……悟史、沙都子の親父さんが帰って来たようだ。
 沙都子と頬を引っ張りあっているさなか、何てタイミングの悪い……。

「お友達か沙都子」
「………」
「へ…? うわ!!」

 ガンッ

 
「あ……が……」

 タ……タライだと〜?
 あいつ……家の中にもトラップ仕掛けてんのかよ……。
 …玄関にはタライが落ちてくるようにピアノ線のようなものがセットしてあった。
 沙都子は俺を突き飛ばし、そいつに引っかかるような場所へ結果的に移動した。
 故に……俺は引っかかっちまったわけだが……。

 何で沙都子は……逃げるようにニ階へ行っちまったんだ?
 あれだけ料理を手伝う、って言っといたくせに……。

「……相変わらず…か」
「………………?」
「…おぉっと、すまない。見苦しいところを見せてしまったね」

「……沙都子」
 そうつぶやき、悟史は急いで二階へ向かう。
 こんな気まずい空気のところに取り残されてたまるかと、
「…あ、待ってくれよ悟史!」
 俺もすかさず悟史を追った。

「………………」









 



「……沙都子。駄目じゃないか、あんな所に……また仕掛けて……」
「…………だって……嫌い……なんですもの……」
「……だからって……やっぱり…駄目だよ……」
「……………………」

 ……「また」……か。
 一度や二度じゃない。……それほどに……沙都子はあの人を嫌っている……?
 一体……何故……。

「……圭一」
「……?」
「ちょっといいかな」
「……ああ」

 悟史にそう言われ、毛布をくるんでいる沙都子を置いて、俺と悟史は再び一階へと降りた。
 沙都子の親父さんは……もう居ない。リビングへ向かったのだろう。

「……外でいいかな」
「……ああ。構わない」


 悟史が玄関のドアを開き、外へ出る。
 ドアが開いた時に、夜風が玄関へ吹き込んだ。……冷たい。

 夏とは言え、夜は寒い。
 それなのに、外に出て話す……。

 ……家族には……聞かれたくない話か……。






 俺もドアを開き、外に出る。
 辺りは既に真っ暗で、空には星が輝いていた。

 あれだけうるさかったひぐらしの鳴き声も、すでに止んでいた。

 

「……ごめんね」
「……え?」
「……今…ちょっと、家の状況……あまり良くなくて……。連れてきちゃって……ごめん」
「…いや、それは…俺は気にしてな」
「気にしてないの?」
「………………!!」
「今の…僕達を見ても?」
「お……おい、悟史……」
「気にしないで……いられるんだね」
「そ…そういう意味じゃ……」

「……いや、ごめん。…つい…カッとなっちゃった……。そうだよ。圭一は……何も悪くなんかない」
「…………悟史……」
「悪いのは………………なんだ…………」
「……え……? ……何て……?」
「……何でもないよ」
「………………」


 ……悟史の手が……小刻みに震えている。
 …………そうだ。…そりゃ…そうだよな……。

 ニ階で……毛布をくるんで閉じこもっている沙都子……。
 その沙都子と……関係がうまくいっていない沙都子達の親父さん……。
 その二人を見て…心を痛めているであろう…お袋さん……。
 ……全てを背負い込もうとしている……悟史……。


 ……そうか。やっと理解した。
 悟史だって人間だ。いくら家族思いだって……いくら妹思いだって……ストレスが溜まるんだ……。
 それを……発散したい。発散したいけど……彼らには相手が居ない。
 家族はもちろん、村の住民にも……言いたい事が言えないんだ。

 悟史はとても優しい奴だ。
 これ以上家族関係が悪くなるのを嫌っている。だから、家族には決して弱音を漏らそうとしない。
 
 ……だからと言って、村は北条家を村八分にしている……。
 




 ……つらいんだな……。
 

 …………だから……。
 …………だから……俺に……。


「………………ねぇ、圭一」
「………………」
「……笑顔で溢れている家族って……どんな感じか、知っている……?」
「…………いや。今の俺には分からない」
「……僕も……忘れちゃったよ。皆が笑顔で……楽しく一日を過ごすことの出来る生活なんて……もう……来ないかもしれないんだ」

 悟史の手は握りこぶしを作り、さらに震える。

「どうやったら……あの時みたいに……また笑えるのかな……? ねぇ、…教えてよ……圭一……」
「……仲直りをするしか……」
「やってるよ!! 沙都子と……お義父さんを……仲直りさせようって、何度も何度も!! 沙都子に何度だって仲直りしてくれって言ったさ!! ……でも…でも……!!」

 悟史は俺の返事を聞き終わる前に、怒りをぶつけるかのようにさらに言葉をぶつけてきた。
 ……悟史……相当思いつめてるようだな……。

「……何で……沙都子はお前の親父さんを嫌ってるんだ……?」
「…………色々……あったんだよ。…実は……今のお義父さんは僕と沙都子の、本当のお父さんじゃないんだ」
「……え…?」
「お母さんはね……もう、何度も再婚してる。だから…次々と、違う男の人が『お父さん』になって、沙都子と接するんだ」
「…………沙都子は…まだ……」
「…うん。受け入れられなかった。……だから……どうしても仲良くしようとしないんだ……」
「……そう……だったのか……」
「…そんな沙都子に…どうやったら仲良くしてくれるのかなって考えたら……考えるほど……今…自分がしている事は無駄なんじゃないかって……思えてくるんだ……」
「………………」
「…沙都子は…『お義父さん』という存在に対して、完全に心を閉ざしてしまっている。だから……何を言っても聞いてくれないし、だだをこねるんだよ……。……だから…もう……」
「……だから……何だ?」
「……あきらめようか……って」

「バッカ野郎!!!」

 ……怒鳴った。
 腹から力を入れて、め一杯怒鳴ってやった。

「……むぅ……」
「いいか、悟史。沙都子は『お義父さん』に心を開かない。そしてその原因を作ったのはお前達の母親だ!!」
「………………」

 悟史はうつむいて何も言わない。
 ……今俺が言っているのは…悟史の両親の否定だからな。
 ……殴りたいなら殴ってくれ。……それでも……俺は話すのをやめたりはしない。
 ……沙都子の……ためにも……。

「……よく……考えてくれ……。……お前が見捨てたら……沙都子はどうすんだよ……?」
「――――!!」
「もう……沙都子にはお前しか居ないんだ。悟史……お前が見捨てたら……沙都子は本当に一人ぼっちになっちまうんだぞ!!」
「……」
「それでいいのかよ!!!?」

「……よくなんか……ないよ……」
「…なら……守ってやれよ……。沙都子は……お前を必要としているんだぞ……」
「…………そう……だね。……そうだよね……」
「………………」





「……圭一。……ありがとう」

 ………………。
 ……頼むぜ……悟史……。



「……沙都子。……ごめん……」



「……悟史。中…入ろうぜ。外は冷える」
「…………うん」



 本当に、外は寒かった。
 俺自身、寒かったってのもあるし、……何より、悟史をこれ以上こんな寒い中に居させたくなかった。
 悟史の家へ入ろうと、玄関を開けると…………そこには……沙都子が居た。



「にーにー……。」
「……沙都子……」
「ごめんなさいですわ……。私…私……」

「……うん。……分かってる」
「……!」
「分かってるから。……大丈夫だよ。…沙都子」
「……にーにー……」

「………………」
 ……兄妹は……仲良くするもんだぜ……。
 その点で言えば……この二人は……とても理想的な形と言えるな。

「…ふぁぁん……」
「……大丈夫。大丈夫だからね」

 ……もうちっと外をブラブラするか……。
 俺が居ていいような場所じゃねぇなこりゃ。




 外は相変わらずの寒さで……半そでの俺の肌から体温をどんどん奪っていく。
 ……でも……何でだろうな。



 さっき出た時よりは……暖かいような……そんな気がする。


「……どこで寝ようかな……」

 風邪を引くかもしれないが、別にいいや。
 暖かそうなところを適当に見つけてそこで寝ればいいか…………。





「……頑張れよ。悟史。」








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