死体が……無い。
 …そんな……バカな……? 確かにここに埋めたはず……。
 やはり鷹野さんが…? …いや…彼女一人でできるのか……?
 普通は……死体を見たのならば…驚く。……そして、警察に通報する。
 死体が山に埋められた、って事になれば、警察もすぐに来るはず。
 ……だが……来ていない。
 ……何故……?

 ……………通報……していないから…。
 
 ……何故通報しない?
 普通の人ならすぐに通報する。俺がその立場なら間違いなくしている。
 ……それに…あの時の鷹野さんの……表情は…驚きなんてもんじゃなかった…。

 ……興味……関心……。
 …まるで……実験用のモルモットを見るような……そんな……哀れみの混じった恐ろしいまなざし……。
 
 何なんだ……?
 一体……何をたくらんでいるんだよ……?
 …畜生…分からない……。

「……情報が……少なすぎる……」

 今の俺は死体が消えてしまった事の情報をまるで持っていない。
 昨日の夜、ここで何があったのか…。そして、死体はどこへ行ったのか……。
 それを推理するための材料すら持ち合わせていない状態だ。
 …これでは…どうしようもない……。

「………………」
 シャベルを投げだした俺の手は振るえ、全身から汗がダラダラと流れていた。
 去年の綿流しの日も体験した。襲い掛かってくる、狂気に満ちた奴らから逃げるのに必死で気付かなかったが……確かに、経験したんだ。
 ……これは……それをはるかにしのぐ……。これほど嫌な思いをしたのは……初めてだ……。
 
 「絶望」……。
 ……今の俺にはその一言で充分だ。
 …知らぬ間に自分の掘った穴の前でひざまずき、目の前の現実を受け入れられないでいる俺がそこには居た…。
 汗が……一つ。地面に……落ちた……。
 
「…おやおや…」
「――――!!??」

 ―――何!?
 人が…居た!!?
 誰だ!? 
 ダレダ!!?

「お久しぶりですねぇ、前原さん」
「…あんたは……」

 この……人は……。
 ……!!! …あ……あ……!!

「お……大石……さん」
「…覚えていただき光栄ですよ。…んっふっふっふっふ…!」

 大石さん……。
 興宮署の……刑事……。

 ………やばい……!!
 俺は……知っている…。いや、知っていた……!!
 昭和53年……。俺はこの人と……戦った。……そう、赤坂…さんだったか…。
 新米の刑事さんと共に、誘拐犯を捕まえたんだ!!

 ……共に戦ったからこそ……身によくしみている……。
 この人の観察眼は……侮れない……!!

 今……この状況を見ただけで……大体の事情は察知するはずだ……!!

「……こんな山奥で……こんな朝早くに……穴掘りですかぁ?」
「………………」
「……前原さん」
 
 ……駄目だ……。
 証拠は無いにしろ……言葉巧みに俺の動揺を誘い……疑いをかけてくる……!!
 駄目だ……!! 駄目だ……!!
 今……捕まるわけには……!!!

「何があったんですか」
「…………え…………?」

 …間抜けな声が漏れた。
 違ったからだ。
 ……それは……尋問をするための言葉というよりは……俺を…心配してくれているような……そんな……声……。

「安心してください。今日は非番ですよ」
「………………」
「今の私は警察官ではありません。…一般人として、お聞きします」
「……あ……!! ……っく……!!」

 ……あれ……?
 …何だ、これ…。
 
 瞳から、何か溢れてきた。
 

 その、一言が…。



 ………………とても、うれしかった。


















「…以上です……」
「……なるほど……」

 大石さんに、この状態について……分かる限りを話した。
 ただ、信じてもらえないような事は省いた。
 羽入の存在や俺の特異体質、時間の跳躍……。
 俺が埋めた死体については、突然襲われたためにとっさに殺してしまった、と嘘をついてしまったが……。


「……消えた死体ですか……」
「…状況はさっき話した通りです。……大石さん。鷹野さんの事なんですけど……」
「……入江診療所の鷹野三四ですか……。……申し訳ない。…私、詳しくは知らないんですよねぇ……」
「そうですか……」
 ……鷹野さんについては大石さんの知っている情報は無いか……。
 ……入江診療所……。
 ……今度行ってみるか……?

 ……そういや、大石さん、今日は非番だって言ってたよな。
「……大石さん、今日は何故雛見沢に?」
「………………」
「……大石さん?」
「前原さん」
「…………?」
「去年の話です。ダム工事現場の……バラバラ殺人事件……知っていますか?」
「……ええ。…………知っていますよ……」

 ……覚えているさ。
 あの夜、ダム工事現場で何があったのか……。
 俺自身が体験したんだからな……。
 ……あまり思い出したくもない…嫌な記憶だ…。

「そこでね。おやっさんが殺されたんですよ。前原さんも会ってますよねぇ?」
「……はい」
 ……会っている。
 去年、会った。……そのせいで……あの人は……。
「おやっさんを殺した奴を、私は許しません……!! 何が何でもそいつをたたき出して……必ず牢獄へぶち込んでやりますよ……!!」
「…………そう…ですか……」
「非番の日は自由に動けますからね。私が独自に去年の事件の事を調べていたんです」
「…………」

 おやっさんを殺した奴を……許さない……か。
 ………。

「…前原さん。お願いがあります」
「……何ですか……?」
「…事件の解決に協力してほしいんです……! どんな些細な事でもいい。何か分かったら私に教えてくれませんか……!」
「…協……力ですか……?」
「ええそうです。先ほども言いましたが、私は何としてもこの事件を解決したい……!! 雛見沢を救ったあなたなら、何か知っている事があるかもしれない!」
「………………」

 ……すみません、大石さん。
 俺は……覚えてないんですよ……。

 今までに思い出した部分以外は……まるで、最初から空白であったかのように記憶が欠けているんです。 

 昭和53年に……俺が何をしたのか。
 思い出した部分以外は、思い出すという行為さえ許してもらえない。
 ……やはり……雛見沢の人達と触れ合う中で築き上げてきた53年の記憶を取り戻していくしかないようだ。

「……協力……お願いできますか?」
「…………はい…………」

 ……どうする……?
 言ってしまおうか。
 …………俺の知っている…昭和54年の全てを……。

「ご協力感謝します。……前原さん。私はね…。園崎家が怪しいと思っているんですよ」
「……園…崎…………?」

 …園崎……園崎……?
 ………………。

「大石さん。協力するのは構いません。……その代わり……」
「……分かってます。私も、あなたに協力しましょう。今回の死体の行方、……それから、これから何かあった時にも遠慮なく頼ってください」
「ありがとうございます。俺も、大石さんとはずっと協力体制で居るつもりです」
「同盟成立ですねぇ。……とにかく、雛見沢は侮れません。色々調べているとなると厄介な事にも巻き込まれるでしょう。……充分に気をつけてください」
「分かりました」

 …よし。大石さんが味方になってくれるのなら、心強い事この上ない。
 それに、この死体についても、……何とかしてくれるはずだ……。
 昭和53年に一緒に犯人を逮捕したのも利いているのかもしれないな。
 ……しかし、頼ってばかりもいられないな。
 これから大石さんにはお世話になるだろうし、俺も頑張らないと……。 

 …昭和54年、ダム工事現場監督が殺害された。
 俺は現場に居たが、よくよく考えればあの人達が日頃からどんな不満を持っていたのか、なんてまったく知らない。
 ダム抗争から既に一年経っていたわけだし、ダムについてのストレスは悪くても「少」程度のはず……。
 
 俺はきっかけに過ぎない。
 最初はおやっさん以外の人は俺の存在に気がつけなかった。
 ……だが、途中から見えるようになっていた。
 …という事は……あの現場で、あの瞬間奴等に俺が見える事が、俺の記憶と関係している……?

 …まさか……去年のダム工事現場監督殺人事件は……二年目で俺が記憶を取り戻す事に関係しているのか……!?
 そうだ。あの事件があったからこそ……俺と古手さんは死体を埋める事になってしまった。
 死体を埋めたからこそ、俺は悟史と出会った。
 悟史と出会ったからこそ、沙都子とも会う事が出来た……。
 それにより俺の記憶は――戻った。

 そして、死体をここに埋めたからこそ、鷹野さんに言われた事に過剰に反応した。
 埋めたからこそ……無くなっていたと認識できた。
 ……だからこそ……大石さんに会い、…………記憶が戻った。

 全てが……このための伏線だとでも……?
  

 ………………まさか…………な…………。

 ………………。
「前原さん? どうかしましたか?」
「……いえ。ちょっと考え事をしていいただけです」
「…何か分かりましたか?」
「…いや、……何も……」

 ……これはあくまでも俺自身の記憶の問題……。
 話しても信じてくれるかどうか分からないし、話す必要もない……。
 ……それより……聞いておかないと……。

「…大石さん。園崎家って……何ですか……?」
 ……これを聞いておかないと話にならない。
 園崎家って何なんだ?
「園崎家ですか。……そうですね。話しておいた方がお互いやりやすいでしょうし……」
 …記憶をなくした俺にとって、園崎家が何を意味するのかがよく分からない。
 ……是非教えてもらいたい。

「園崎家というのは、この雛見沢を実質支配している家系です。この村には、公義家、古手家、園崎家の三つの……御三家と呼ばれていますが、彼らが雛見沢での実権と言いましょうか……。とにかく、発言力があります」
「…御三家…。そりゃまたたいそうな……」
「バカにしちゃいけません。特に園崎家ですが、この雛見沢を戦後の不況から救ったのは彼らなんですよ。園崎家の頭首である園崎お魎が憂慮すれば、周りは期待に答えようと直接な指示が無くとも動くぐらいです」
「…………」
「その園崎家なんですが、ダム抗争時にはとにかく過剰なほどに反対をしましてね。色々やらかしているんですよ」
「……それが……何か関係があるんですか……?」
「大ありです。ダム抗争に最も反対していたところですから……今回の事件、彼らが国への警告や直接ダム建設の指揮をしていた者に対する復讐など、色々考えられます」
「…まさか…。いくら園崎家が凄いからって、殺人なんて……」
「やりかねません。……なんせ……園崎家ですから」
「…………………………」
「それほど私が相手にしている奴等はヤバイんです。…もう一度聞きますが、ご協力願えますね?」
「…当たり前です。大石さん一人で調べるなんて、そんな事させません」
「……ありがたい限りですよ。んっふっふ……!」
「俺が居れば、少なくとも殺される事は無いはずです。雛見沢を救ったのは……俺なんですから」
「……そうですねぇ……」

 記憶は無いがな。
 ……だが、もうこれは確定している。
 俺は昭和53年、雛見沢をダム抗争から勝利へ導いた。

 ……こいつを利用しない手はねぇ!!

「前原さん。これ、興宮署の番号です。預かっておいてください」
「……ありがとうございます。何かあったらすぐに連絡しますよ」
「…前原さんは何か連絡手段を持っていますか?」
 
 ……連絡手段か。
 今、俺には家が無いし……特定の場所に連絡してもらう事が出来ない。
 …少し考えて、

「申し訳ないのですが、俺には今家がありません。昨日も野宿をしたんですよ」
「…そうですか。それは……逆に都合がいいかもしれませんね」
「…………?」
「一定の場所に留まらないわけですから、襲われるにしても直接的なものになります。何か、護身用のものを持っていれば不利な状況での戦闘は避けられます」
 
 ……そういう考え方もあるのか。
 寒いのは勘弁だが、確かにその通りだ。

「前原さん。これを」
「……これは……ポケベルですか?」
「そうです。無いよりはマシなはずです」
「ありがとうございます。常に携帯しておきますよ」
「後は護身用の物ですが……それは前原さんに任せましょう。……とにかく、気をつけて」
「分かりました」
「では、別行動としましょう。私もやる事がありますので」
「ええ。何か分かったらポケベルで連絡します。電話は……公衆電話を使うしかないですから……」
「そうですか。では、その名刺はどうなさっても構いませんよ。私はもともとポケベルしか連絡手段がありませんから」
「……では、また」
「……ええ」

「そうだ、大石さん」
「……何ですか?」
「今、何時です?」
「……えぇと、今は――――」


























 




















「……はぁ、はぁ……!」

 あれから古手神社にシャベルを返してからここに戻ったから……大体今は八時前だ。
 途中で分校の生徒とも出会ったし、間違いない。(向こうは俺の存在に気がついていたのかは不明だが)

 やっぱりここは……学校だったのか。

 あの懐かしさは……嘘じゃなかった……。




「もう! にーにー! 急がないと遅刻ですわー!!」
「むぅ、待ってよ沙都子……」


「………………?」

 ……ん?
 どっかで聞いた事のある……。


「……あら……? 圭一さんではありませんこと?」
「…本当だ。昨日はどうしたの? 急に居なくなっちゃったけど」

 沙都子と…悟史か。
 
「よっ! 久しぶりだな」
「昨日以来ですわ。一体どこに消えたんですの?」
「むぅ、あれから探したんだよ」
「…そいつは悪かったな。まぁ、兄妹仲良くやってくれてるなら何よりだ」

 ……?
 何で悲しそうな顔をするんだ……? …俺、何か変な事言ったか?

「……圭一さんや梨花に会えなくなると思うと……寂しいですわね」
「…………むぅ……………」
「…………? どういう事だ?」
「お引越しですわ。引越し先は詳しくは知らないのですけど……どこか、遠くに引っ越すんですの」
「昨日、圭一が居なくなった後……突然両親から言われたんだ」
「……引越ししちゃうのか……? そいつは……確かに寂しいな……」
「今日は皆さんにその事を言いにきましたの。知恵先生にはもう電話で伝えたのですけど……」
「……やっぱり……言い出しにくくて……」
「にーにーが駄々をこねるんですわ。やっとの事で引っ張ってきたんですわ!」
「……むぅ……」

 本当にこいつら、どっちが年上なのか分からねぇな……。
 妹の方がよっぽどしっかりしている……。

「沙都子は駄々をこねなかったのかよ?」
「……そりゃ…初めは信じられませんでしたけど…親の決定には逆らえませんもの……」
「……僕はやっぱり…皆と別れるのは寂しいんだけどな……」
「…雛見沢に居たいと思ったのか……?」
「……うん。学校の皆とはとても仲良しだし……。それに、新しいところでなじめるかも不安なんだ……」
「…私も同じ不安はありますけど……でも、にーにーと一緒なら大丈夫ですわ!」

「…………そっか……………」



 沙都子は……早くここから離れたい。
 悟史は……友達と別れたくない……。

 沙都子の思いは一つ。
 ……悟史の負担を早く減らしてあげたい……。
 …………それだけ……。

 悟史の思いは……慣れない土地で暮らすよりも、たとえ村中から非難を受けようと、友達の大勢居るこの雛見沢で暮らす事……。
 沙都子と友達さえ居れば、どんな土地でも力強く生きてやるという執念……。

 ……二人の思いが……空回りしているんだな……。




「…俺にはお前達の引越しについては何もいえないけど……。…………頑張れよ」
「…………あ…ありがとうございますわ……」
「……むぅ……」

 複雑な感じで悟史が下を向く。 
 ……そして、何か思いつめた感じで……口を開けた。

「………ねぇ、圭一…………」
「……何だ……?」
「圭一は…一人なんだよね……。家も…無いんだよね…」
「…にっ…にーにー、失礼ですわよ……!」
「…ああ。そうだ」

 事実だからしょうがないだろう。
 それに、別に失礼でも何でもないぞ。

「僕達と一緒に……来てくれないか……?」
「………………え………………?」
「ちょ……にーにー……!?」
「圭一も……一緒に来てほしいんだ……」

「…そ……そりゃ確かに俺には家も無いし、家族だって今は居ないけど……そういうわけには……」
「……やっぱり……駄目…なのかな……」
「……にーにー……」

 ……気持ちは……分かるけど……。
 ……でも…そういうわけには……。

「……………むぅ………………」

 …………。
「……はぁー……。俺は別にいいけど……」
「本当かい…!?」

 …そんなうれしそうな顔で尋ねられても……。
 沙都子はめっちゃ複雑な顔しているぞ……。

「よかったね、沙都子」
「…ちょ……!」
「…………ん……?」

 よかったね、沙都子……だって…?
 ……どういう事だ?

「沙都子、昨日圭一の話ばかりしてたんだよ。ず〜〜〜〜〜〜っと聞かされて、圭一と一緒に居たいんじゃないかって、そう思ったんだ」
「……わ…私は……!!」
「…沙都子、顔が真っ赤だよ」
「にー…にー!!!」
「あはははっ! 沙都子、早く学校行かないと遅刻しちゃうよ」
「もーーーっ!!」

 ……何だ、沙都子が言い出したようなもんなのか。
 …ん? それじゃあさっきの複雑な顔とは一体……?

 ……まぁいいか……。


 …………って、大石さんと調査協力の約束していたの忘れてた!!
 ……まいったな……。どうしよう……。



「圭一」
 突然、後ろから声がした。
 …驚いた俺は思わず飛びのく。
「…古手さん!? いつの間に……?」
「行ってきなさい。……あなたにはそれが必要なのよ」
「…それって…俺の記憶と関係が……?」
「……ええ。そうよ」
「…………」

 俺の……記憶。
 この時間跳躍の旅は……それを取り戻す事が目的……。

「大丈夫よ。あなたは必ず雛見沢に帰ってくる。そう、運命付けられているから」
「どういう意味だ?」
「……いずれ分かるわ。とにかく……行く行かないは勝手だけど、もし行かないのなら……あなたはひどく後悔する事になる」
「……………………」
「……どうするの?」

「…………分かった。行こう……」
「………………」

 古手さんが後悔すると言うのなら……ここで行かなければ後悔するのだろう。
 大石さんとの約束も、雛見沢に帰ってこれるなら問題ない。
 ……古手さんが言うのだから間違いは無いし……彼女なら、信じられる。


「だけど、沙都子と悟史の両親は反対しないのだろうか?」
「それはたぶん大丈夫なはずよ。あなた、昨日二人の家へお邪魔したでしょ? その時に好印象を与えたはずよ」
「……なんでそんな事知ってるんだ?」
「…羽入が見てたのよ。……知らなかったの?」
「………羽入が……?」

 ……羽入……昨日居たっけ……?
 ………………。

「……あ、そうだ。古手さん、昨日埋めた死体なんだけど
「消えてたでしょ?」
「…君がやったのか?」
「いいえ。違うわ。私も朝、掘り返しに行ったのよ。……既に無かったけどね……」


「……!」
 ……それでシャベルが無かったのか……。
 
「昨日、圭一と別れた後、鷹野を見かけたのよ。クスクス笑いながらこちらを見ていた。不気味ったらありゃしなかったわ」
「鷹野さんと!?」
「ええ。嫌な予感がしたけど、もう暗くなっていたからすぐに帰ったわ。で、次の日掘り返しに行ったのだけれど……」
「……死体は無かった……」


 ……やはり……死体を掘り返したのは鷹野さんなのか……?
 ……一体何のために……!?

「何のために掘り返したのかは知らないけど……心配する事は無いわよ」
「……どういう事だ……?」
「鷹野は私の味方だもの。……そうね、雛見沢には独特の風土病があるの。雛見沢症候群って言うんだけど」
「……………」
「彼女はその研究の責任者。それで、『女王感染者』という発見をした」
「…何か特別な存在なのか? その女王感染者ってのは」
「ええ。女王感染者が死ぬと、村は死滅するってね」
「……で、その女王感染者が……」
「私」

「……………………」
 だから、古手さんには危害は及ばない。
 ……つまり……警察沙汰にはならないって事か。
「……だけど、彼女一人でそんな事ができたのか?」
「鷹野には山狗って奴等が味方してるのよ。山狗は何でもするわ。……それこそ、死体の隠蔽なんて簡単かもね」
「……山狗……」

 ……そんな奴等が居たのか……。
 …となると……。

「山狗は古手さんを守る事もしているわけだな?」
「ええ。とりあえず、昭和58年までの命の安全は保障されている」
「……? 昭和58年?」
「そう。……あなたが過去に旅立った年よ」
「――――――!!!」

 お……れが…昭和53年に旅立った年……?
 昭和……58年が……!?

「……って事は……後三回……時間跳躍をすればいいって事か……?」
「……そう」
「……古手さん。何で俺にそんな事を……?」
「……?」
「干渉できないって言ったじゃないか」
「…ええ。あの時のあなたにはね。……けど、今は違う。色々記憶を取り戻したんでしょ?」
「………………」
「あなたの取り戻した記憶の度合いによって、私の干渉できるレベルも変わってくる。記憶を取り戻したのはあなた自身の力。私は手伝っただけよ」
「…なるほどね…」

 ……ほんと、上手いシステムになってやがるな……。
 …………上手く行きすぎて怖いくらいだ。


「…古手さん」
「……何かしら」
「嫌な……予感がするんだ」
「…………」


「鷹野さんには気をつけろ」
「……鷹野に? 何故?」
「理屈なんて無い。……俺の勘だけど……さ」
「……分かったわ」

 ……正直、あの人にいい印象は無い。
 古手さんの言った事がここまで信じられなかったのは……初めてだな……。

「じゃあ、私は学校へ行くから。頑張ってね、圭一」
「…………ああ」


 
 気がつけば、辺りはアブラゼミの鳴き声で満ちていた。
 いたって普通の、夏の風景。

 ……もう、朝のような寒さは無い。夏を思わせる、蒸し暑い朝。

 …嫌な予感は…いつまで経っても消えなかった……。





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