「圭一さーんっ! にーにー! できましたわよー!」
「おーう! よし、行こうぜ、悟史」
「うん」
あれから二日が経過した。
古手さん、悟史、沙都子に進められ、二人の両親に一緒に行ってもいいかを尋ねたところ、……当然反対された。
だが、悟史と沙都子の頼みだし、古手さんは行かなければ後悔するとまで言った。
反対されて、はいそうですかと引き下がる俺じゃない。
口からでまかせを並べ、俺の不幸な境遇をつくりあげ、さらに悟史と沙都子に仲のよさもアピールしてもらい、何とか説得に成功。
どうにかついていけることになった。
引越しの予定は明日。
今日はその前夜で、沙都子と悟史の両親は今居ない。
留守番を頼まれ、三人で時が流れるのをひたすら待っていた、というわけだ。
「今日は野菜炒めですわ! 腕によりをかけて作りましたの!」
「お〜! まさか沙都子の野菜炒めを食えるとは思わなかったぜ!!」
「沙都子はまだ野菜炒めしか作れないんだよ」
「にーにー!!」
「むぅ」
「野菜炒めが作れりゃ充分だ! どれ、早速……」
「圭一さん! いただきますがありませんわよ!」
「んだよ、別にいいじゃねぇかよー」
「駄目ですわ! 食材への感謝の意味もこめていただきますって…」
「むぅ、おいしい」
「にーにー!!」
「うんめぇー!! お前の野菜炒めはいつ食ってもうまいぜ!!」
「……もういいですわ。…いただきます…」
かぁー、ひさしぶりに食ったぜ。
前いつ食ったっけ。……まぁいいか。
とにかく、沙都子の野菜炒めは最高だ。味付けから火の通し加減まで完璧だ。
野菜炒めしか作れないとか言ってたが、三年後は一般的な料理は大体作れてるし、とりあえずこれだけ作れれば大丈夫だろう。
うん、うまい!
「うん。自分で言うのもなんですけど……おいしいですわ」
「何言う! これをうまいと言わずとして何をうまいと言うんだ!! いいか、まずこの味付けだが…」
「はいはい結構ですわ。褒めてくださってるのは充分分かります。圭一さんの褒め言葉は長いから嫌なんですの…」
「圭一の場合長さに比例するよね。絶賛率が」
「ちぇー。俺様の絶賛を拒否するとは、お前も分からん奴だな…」
「一回聞いた人なら誰だって拒否します」
「…何をぅ〜!! 沙都子…何ならかぼちゃの煮つけでも作ってやろうか?」
「か…かぼ……!?」
かぼちゃと聞いた瞬間うろたえ始めた。
まぁ、元からかぼちゃ嫌いだったしな。俺の居た時代から過去である今、沙都子がかぼちゃを嫌いではないというのはちぃっとおかしいかも。
後三年のうちにかぼちゃを嫌いになるという可能性もあるが、今の反応を見れば沙都子のかぼちゃ嫌いは根っかららしい。
「ふー……。残念でしたわね圭一さん! 今うちにかぼちゃはありませんわ!!」
どうやら俺が色々考えている間に家にかぼちゃが無いかを確かめていたらしい。
……そんなに嫌いなのか。
「俺が料理作れるはずがねーだろ。あったとしてもさすがに生のかぼちゃを口に放り込んだりしないさ」
「…な……なぁんだ……」
「ブロッコリーならあるよ」
「本当ですわ。ゆでましょうか?」
「…お二人、それはカリフラワーだ…」
「「 え? 」」
…ったく、素で間違えるんだからなぁ……。
……面白いからいいけど。
と、その時。
「ただいまー」
どうやら帰って来たみたいだ。
二人とも何してたんだろう?
もう荷造りは済んでるし、何かやる事あったっけ?
「外はひどい雨だ。…あー、びしょびしょだよ」
「すぐにお風呂わかしますから」
「おかえりなさい。お二人とも、何をしていたんですか?」
「ああ、知り合いと麻雀してたのさ。もうできなくなっちまうからね」
「…麻雀…」
「私達結構強いのよ? そういえば、雀卓がどっかにあったでしょ」
「あー、あったなぁ。でも、ダンボールの中だろ」
「…そうよね…」
「俺も麻雀は少しですけどできますよ。二人の師匠に習いましたからね」
「ほう、それじゃ向こうについたら一丁やろうじゃないか!」
「負けませんよ。大石さんと赤坂さんの名にかけてね」
「私も混ぜてよ? 後…沙都子も誘おっか」
「それがいい」
……沙都子麻雀できるのか?
……あいつ今何歳だっけ……。
「おかえりなさいですわ。麻雀は楽しめました?」
「おお、盛り上がった盛り上がった! ちょっとはしゃぎすぎたくらいだ」
そうそう、言い忘れていたが、沙都子と義父の関係はとりあえず順調に直りつつある。
詳しい事は割愛するが……まぁ、口先でどうにかなるような事なら俺に任せろって事だな。
悟史が依頼主だが、完璧にこなしてやったぜ。
「臨時収入もあったし☆」
「…それ幼い子の前で言う事じゃないですよ……」
「あらごめんなさい♪」
…このご機嫌……。
一体いくらかけて勝ったんだ? 一、二万くらいじゃなさそうだ。
「おかえりなさーい!」
「ただいま。……それより、いいにおいがしてるな」
「沙都子が野菜炒めを作ったんですよ。そりゃもう絶品!! この香りからも分かるように…」
「分かりましたから。それはいいですわ」
「おばさーん、引っ越し祝いはかぼちゃの煮つけ大盛りでー」
「ひどいですわ圭一さん〜!!」
「あはは。いいね、それ」
いい案だろう。かぼちゃの煮つけは美味いし、好き嫌いを無くすのにはうってつけだと思う。
そもそも、何でかぼちゃが嫌いなんだろうな?
「そうだ、お母さん。冷蔵庫にブロ…」
………………。
「…悟史、これなーんだ」
「ブロッコリーでしょ?」
「ですわ」
「…カリフラワーだ…」
「「 え? 」」
「…呆れた…」
思わずおばさんも声を漏らした。
兄妹そろってカリフラワーとブロッコリーの区別がつかないんだからな…。
……しかもさっき言ったばかりだぞ。これはカリフラワーだって…。
「むぅ、そんなのどっちでもいいよ。ゆでて一緒に食べよう」
「そうですわ。細かいことを気にしていてはキリがありませんことよ! にーにーにだけゆでて差し上げますわ」
「細かい事って……」
…微妙なところだと思うがなぁ…。
俺がブロッコリーとカリフラワーの区別がつかないことが細かい事に分類されるのかという、果てしなくどうでもいい事を考えていると、
「沙都子ー、悟史ー、明日のお昼レストランで取るから、何頼んでもいいわよ〜」
おばさんの明らかにはっちゃけた声が響いた。
「はーいっ!」
「むぅ〜!」
それに子供達はすぐに答える。まさに即答。
…臨時収入が太っ腹への引き金になったな……。
…まぁその恩恵にありがたくすがろうではないか。
「今日は全戦全勝だったからなぁ!!」
「ボロもうけ☆」
「「 あっはっはっはっは!! 」」
……この家族……色んな意味で大丈夫か?
……いや、余計な心配かもしれないけど……さ…。
「…くぁ〜……! …よく寝た…」
あれから数時間。
飯を食って風呂に入って、床についた俺達。
沙都子と悟史は寝るのが早い(というか夜更かしに慣れていない)ので、さっさと寝てしまう。
俺はその時間決して眠いわけではないのだが、起きていても話し相手は沙都子達の両親しか居ないし、
かといっておじさんとおばさんの会話についていけるわけでもなく、俺もさっさと眠るのが得策だと二日前に思い知ったためすぐに寝た次第である。
……で、翌日。
大あくびをしながら俺は目を覚ましたわけだ。
…あぁ、野宿とはやっぱり違うんだよなぁ……!! 布団で眠ればよく分かるぜ……!
感動を充分味わいながら、俺は部屋を見渡した。
俺の方がまだ小学生くらいの二人よりも睡眠時間は短くて済む。
そのため、いつも俺が一番に目を覚ます……のだが。
「……あれ……? 沙都子が居ないな……」
……ていうか、今何時だ?
部屋がよく見渡せない……。まだ少し暗いぞ。
「…悟史は…よく眠ってる…」
すーすーと寝息をたてながら悟史はそばで眠っていた。
向こうには沙都子が眠っているはずなんだが……居ない。
…………何でだ…………?
ようやく暗さに慣れてきた目で時計を見ると、まだ四時過ぎだった。
俺からすれば良く眠ったと思ったが、いつもより一、二時間早い。こんな事もたまにはあるだろう。
……だが……いつもの時間に……三人で眠りについて……一番幼い沙都子が居ない……?
起きるにしては……まだ早いぞ……?
「…………?」
俺は悟史を起こさないようにそっと布団から出て、障子で出来ているドアを開け、廊下に出る。
まだ薄暗いが、足下は見える。
これなら進めると判断し、俺は一階へ降りていった。
階段を下りるとまず目に入るのは玄関だ。
玄関から家に入ると、すぐに階段が見える、といった構造をしている。
俺は玄関を見て……違和感を感じた。
いつも俺が起きた時に見ている玄関とは……違う。
……何が違うんだ……?
…………………………。
「………………沙都子の…靴が無い……?」
……なんで沙都子の靴が無いんだ……?
こんな朝早くに外に出た……とでも言うのかよ……?
俺は慌てて外に出た。…風がまだ冷たい。
辺りをキョロキョロと見渡し、沙都子の姿が無いかを確認する。
…だが…居ない。
「一体どこに行ったんだ……?」
…靴が無いって事は連れ去られたって事は無い。
連れ去るのにわざわざ靴を持っていく奴なんて居ないからな。
靴が無いって事は……本人が靴を履いて外に出たって事だ。
……ならば……一体どこに行ったって言うんだ…………?
一般道から北条家までは一本道だ。
ひょっとしたらどこかに居るかと思い、俺は走りだす。
……しばらく走ると……居た。
やはり、自分でどこかに行こうとしていたんだ。
…………気のせいか、…フラフラしているような……?
「おい、沙都子」
「………い………」
肩を叩いて呼びかけるが、俺に対する反応が無い。
俺は眼中に無いって感じだ。……何か言ってる……?
「沙都子。……おい沙都子!」
「……な…い………」
「……なんだって……?」
俺は呼びかけるのをやめ、沙都子の正面まで出て沙都子の進路を妨害した。
沙都子は俺にぶつかるが、……尚、前に進もうとする。……相変わらず何かを言いながら。
俺は沙都子の両肩を持ち、移動できないようにして……何を言っているのかを聞き取った。
「…ご……な…い………」
「…………?」
「…ごめ…な…い………」
「……………」
「…ごめんなさい………」
「…………?」
……謝っている……?
…一体……誰に…………?
沙都子の目は虚ろで、ただひたすら謝りながら歩みを進める。
…そんな沙都子が見てられなくて、俺は沙都子を正気に戻す為に体をゆすった。
「沙都子! おい沙都子!!」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「何を謝ってるんだ!! 沙都子!!!」
「ごめんなさい……」
俺の腕に…何かが落ちてきた。
……これは……。
「…………涙……?」
「ごめんなさい…ごめんなさい……」
「おい沙都子!! 起きろ沙都子!! 悪夢を見てるのか!? そうなんだろ、沙都子!?」
「ごめんなさい…ごめんなさい……」
虚ろな目から涙が流れ、フラフラと歩いていく沙都子。
……もう、わけが分からなかった。
どうすれば沙都子を元に戻してやれる……?
一体……どうすれば……。
「…――――!」
「…沙都子…。目を……覚ませ……」
「……け…いち……さん……?」
「――沙都子……!!」
思いっきり……抱きしめた。
この寒いなかフラフラと、少しずつ歩いていたんだ。
沙都子の体は冷え切っていて、肌も冷たかった。
……だから、暖めてやった。
…………本当は悟史の方がいいのだろう。決まってる。
…だけど…悟史を呼びにいっている間に、足下のおぼつかない状態の沙都子が危険な目に遭わないとも限らない。
………………だから……抱きしめたんだ……。
「あ……れ……? 私…何でこんなところに居ますの……? な……何で……圭一さんに……?」
「…目覚めたか……? お前、ずっと誰かに謝りながらフラフラ歩いていたんだぞ……」
「……謝り……ながら……?」
「……心当たりが無いのか……?」
俺の問いに、少し戸惑いを見せながら、沙都子は言う。
「ありませんわ」
「……嘘をうつくな。無いなら戸惑いは見せないし即答できるだろ」
「…………だって信じてくれないでしょうから…………」
「何言ってんだ。……言ってみろ……?」
「……ついて……くるんですの」
「…ついてくる…? 何が?」
「…足音が」
「…………足音……?」
「ごく最近なんですけど、足音がぺたぺたって……ついてくるんですの。後ろを振り返っても…誰も居ないのに……」
「……足音が……?」
「…何故ついてくるのかまったく分かりませんの…。だから…必死に謝りながら逃げ回りましたわ…。……ごめんなさいって……」
「……………………」
……あしおと……。
ぺたぺたとついてくる……足音……?
……アレか……。
「信じるよ。……俺も経験あるからな」
「……圭一さんも……?」
「ああ。お前ほどひどくは無いようだが……俺も一時、足音がずっとついてくる時があった。だから…信じられる」
「一体……何なのでしょうか……?」
「……分からない……。…けど…」
「……けど……?」
「…気をつけてくれ。そいつが聞こえて……いい事があったためしがないんだ」
「…………分かりましたわ…………」
「………頼むぜ……」
「……それより……いつまで抱きついているつもりですの……?」
「うわぁっ!!! す……すまん……!!」
「……別にいいですけど……」
「…何か言ったか…?」
「……何でもありませんわ! ここは冷えますし、さっさと家に戻りましょう……! 今日は出発ですのよ!」
「あ……ああ。そうだな!」
…………足音…………か。
しばらく忘れてたな。……いつだっけか、俺にもそいつがついて回っていたのは……。
……去年だな。
俺自身……その時は気付いていなかったが……確かに聞こえていた。
…いや、気付いていなかったんじゃない。聞こえないふりをしていた。
ありえるはずが無い。後ろに誰も居ないのに後方から足音が聞こえるはずがない……ってな。
……だけど……足音は実在する……。
…この足音の正体が何なのかは興味が無いし、調べようとも思わない。
……だが……注意だけはしといた方がよさそうだ。
…………胸騒ぎがする…………。
「………………」
「圭一さーんっ! おいていきますわよー!」
「あ、ああ!」
……何事もなかったら……いいんだが……。
「…どうかしましたの?」
「……何でもねぇよ」
「…………?」
ぺた
「あら、おはよう圭一君、沙都子」
玄関を開けると、ちょうどおばさんがそこに居た。
寝起きなのだろう。まだ眠そうだ。
「どこに行ってたの? こんな朝っぱらから」
「沙都子が寝ぼけて外まで出てったので連れ戻しに」
「私そこまで寝相はひどくないですわーーっ!!」
「事実だろーが」
「うぅうぅううっ!!」
「はいはい、分かりました。朝ごはん作るから、沙都子手伝ってちょうだい」
「分かりましたわ」
「圭一君は悟史を起こしてきて。今日は早いから」
「分かりました」
頼まれごとを済ますために俺はニ階へ上がる。
まだ悟史にとっても早い時間なのだが、今日はゆっくり寝かす事も出来ないからな。
「おーい、悟史ー」
俺が呼びかけながら部屋へ入ると、
「むぅ、圭一」
返事がすぐに来た。
「あれ? 起きてたのか?」
「……うん。変な夢見ちゃったからさ。寝起き最悪だよ」
「変な夢……?」
「うん。一人で歩いてるとね、……周りに誰も居ないのに、足音が聞こえるんだ。ぺた、ぺた……って」
「……お前も……?」
「振り返っても、やっぱり誰も居ない。走って逃げても、やっぱりどこまでもついてくるんだ」
「……………………」
「君は誰なんだ、って聞いたら……そこで目が覚めちゃった。……ほんと、嫌な夢見ちゃったよ」
「……そう……か……」
…………足音………………。
ぺた
「おはよ〜」
「おはよう。顔洗ってきなさい」
「は〜い」
「俺も顔洗ってさっぱりするかな……」
今日の朝はわけが分からない。
沙都子が怯えていた足音を悟史も夢の中とはいえ、体感していた。
……偶然なのか……?
…さっきから嫌な予感がしてならない。
……そいつを水と一緒に洗い流せないかと思い、悟史についてったんだ。
……結果、顔を洗ったくらいで拭い去れたら苦労はせず、顔はさっぱりしてもモヤモヤはまったく取れなかった。
沙都子達の作った朝飯を食べると、必要な荷物を車に積む作業に移った。
もう荷物のほとんどは運送屋に頼んでいるらしいから、今残っているのは引越しに必要な、最低限の荷物だけだ。
軽い物もあれば重たい物もある。
苦労しながらも全員で荷物を運び、一息ついて後は時間が来るのを待っていた時……。
向こうから、古手さんが走ってくるのが見えた。
「梨花……! どうしたんですの!?」
「はぁ、はぁ……。沙都子……」
「どうしたんですの……?」
「…さよなら…なのですよ…」
「……え……私に……それを言いに……?」
…あの二人…マジで仲いいんだな……。
それを言うためにあんなに息を切らして……。
「……気をつけるのです。あなたに何が起こるのかは分からないけど……とにかく気をつけて……」
――――――!!!
「り…梨花まで同じ事を言うんですのね……」
「……まで……?」
「圭一さんにも言われましたわ。……まったく同じ事を……ね」
「…………………」
……やっぱり…沙都子の身に……何かが起こるのか……。
…うつむきながらそう思っていると、影が近づいてくるのが見えた。
……古手さんだ。
「……圭一。これをもっていくのです」
「…これは……?」
……何だ……これ。
…………ペンダント…………?
「必ず身につけておいてください。……お守りなのですよ」
「…………分かった」
…ただのお守りにしては…ずいぶんと派手なもんだな。
……まぁ、服の下に隠しておけば身につけても目立たないからいいけど……。
…とにかく、こいつは身につけておいた方がよさそうだ。
「…梨花、さよならですわね」
「…沙都子。ボクはさよならは言いたくないのです」
「…………?」
「また、会いましょう。さよならよりは……そうでありたいから」
「……ええ、そうですわね!」
「………………」
…それを聞いて……思った。
……何故だろう。
…その言葉には…何か、裏があるような……。
……古手さんの表情は……雨が降ってしまいそうなくらいに……曇っていた……。
ぺた
「皆ー! そろそろ行くわよー!」
「沙都子ー圭一ー!」
悟史とおばさんの声が聞こえてきた。
もう出発の時間らしい。
「……じゃあ行ってきますわね」
「…………またな、古手さん」
「…ええ。二人とも……またね」
「…………」
「…………」
「何をしていますの、圭一さん!」
「……今行くよ」
『嫌な予感がする』……。
…俺も…古手さんも……それは一緒のようだった…。
ぺた
「よーし、高速に乗ったぞ。後は一直線だ」
「そうね。お昼、どこにしよっか?」
「……そうだな。まぁ時間になった時、近くのパーキングエリアでいいんじゃないか?」
「そうね」
「……よし!! こいつだ!!」
「オーッホッホッホ!! 残念でしたわねぇ〜!」
「ぐぅうう!! ババかよ……!」
「むぅ、あがりだよ」
「私もですわ!」
「ぐああぁあぁあ!! また俺の負けかぁぁああ!!」
「後ろも楽しそうだし……ね」
「……だな。後ろは圭一君にまかせよう」
今は車の中、移動中だ。
この車、中は結構広く、トランクの部分をイスを下げて荷物をはしによせればかなりスペースが出来る。
持ってきたトランプを使って定番のババ抜きをしていたのだ。
……今のところ負け越しだというのが気に入らんが。
「次は絶対に負けんぞ……!!」
「返り討ちですわ!」
「楽しいね」
「よーし。トランプをシャッフルして……!」
「どうぞですわ」
……ふふ……!!
貴様ら、どうやら俺を本気にさせちまったようだなぁ……!!
俺にかかればトランプに傷をつけるぐらいたやすい事だ。
シャッフルする前にカードを確認するふりをしながら大きさ・傷の深さなど様々に傷をつけてやったぜ……!
これで俺の一人がち……!
「………沙都子? どうしたの……?」
「…はぁ…はぁ……!!」
「……って何だぁ?」
思わず間抜けな声が出た。
俺が勝ちに行くための手段をカードにつけている間に…沙都子の様子が変になったようだ。
…どうしたって言うんだよ?
「あ……足音……」
「…足音……!?」
「足音が……来る…!! 来る……!!」
「足音だって……!? さ、沙都子……それってもしかして……」
「もしかしなくてもそうだよ悟史……! 朝…お前が話した足音だ!!」
「ひぃ……!! こ……来ないでぇええ!!」
…ちぃ!!
この足音……一体なんだっていうんだ……!?
「おい、どうしたんだ沙都子!」
「おじさん……! どこか、パーキングエリアはありませんか!? 沙都子を休ませないと……!」
「あ、ああ! ――! ちょうどパーキングエリアが目の前にあるぞ!!」
まさにちょうどいいタイミングで、目の前にはパーキングエリアと高速道路のどちらかへ進める分岐があった。
沙都子の容態を見たおじさんは、迷わずパーキングエリアの方へ向かう。
「おい沙都子!! 大丈夫か!?」
「あ……あぁぁああっ!!!」
「むぅ、沙都子……!」
…くっそ……!!
嫌な予感……的中しやがった……!!
「俺、医者が居ないか探してきます……!」
「いや、僕がいくよ。圭一は沙都子のそばに居てあげて……!」
……悟史……?
「お前がついていてやった方がいいんじゃないのか…?」
「…いいから!!」
そう言うと、悟史は車のドアを開けて行ってしまった。
何を考えてるんだ……?
………いや……そうだ……。
今、沙都子、悟史、おじさん、おばさん……。
この四人が居たからこそ、俺は実体を保っているんだった。
俺がこの四人の目が届かない場所へ行ってしまえば、俺はたちまち元の特異体質に戻ってしまうんだ。
……悟史……知っているのか……?
「はぁ、はぁ……!! にーにー……にーにー……!!」
「……っく……!! 畜生……!! やっぱり悟史が居たほうがよかったんじゃねぇか……!!」
……そうだよ……!!
俺は眼さえ変化させれば一般の人にも姿を確認してもらえるんだ……!!
くそったれ……!!
「落ち着け沙都子。……外に出て風に当たれ。気分を落ち着かせるんだ」
「……そうね……!」
そう言うと、おじさん達は前の席を降りて後部座席のドアを開け、沙都子を引っ張り出した。
多少強引だったのでどうかと思ったが、それでも沙都子の気分が落ち着くのなら、と何も言わなかった。
俺達が入ったパーキングエリアは結構広く、多少散歩するくらいの道もあった。
沙都子を落ち着かせるため、俺はずっと傍で一緒に歩き、大丈夫だと言い続けた。
……今の俺には……それくらいしか出来ないから……。
だいぶ歩くと、そこには崖があった。
『危険だから近づくな』と警告する看板もある。
車の中ではずっとトランプをしていた事や、沙都子の状態から気がつかなかったが、どうやらここはまだ県内の自然が残っているくらいのところらしい。
『危険だ』と書いてあるのにわざわざ行く必要も無いと思い、これ以上進むのをやめて引き返そうと後ろを向くと……。
ぺた
誰も、居なかった。
「――――――え」
一人を……除いては……。
「……はぁ、はぁ、はぁ……!!」
ボチャン、ボチャンと……水音が二つ。
沙都子の手は……前に突き出されていて……。
ぺた
「はぁ……!! はぁ……!!!!」
「さ……と……」
「はぁ……!! はぁ……!!!!」
「………………」
ぺた、ぺた、ぺた
「…………目が覚めた…………?」
「………………え………………?」
……あれ……?
ここは……雛見沢か……?
何で俺……こんな所に……。
確か……県内のパーキングエリアに……。
「ここは雛見沢よ。…………昭和56年のね」
「昭和……56年………?」
また……時間跳躍をしたのか……?
………去年…いや、54年の時は祭具殿に入って時間を跳躍したが……。
何故あの場で時間跳躍ができたのか、疑問を持ったが…そこまで考えて、……気がついた。
「……この…ペンダントか……」
「……ええ。その通りよ」
見ると、懐に入れていたペンダントは割れていた。
…………見事なほど……真っ二つに…………。
「…………お帰りなさい。圭一」
「…………沙都子は…………?」
「……叔父、叔母の元へ預けられたわ。…………あの後、色々あってね…………」
「……………………」
「……後……二つ」
「ええ。残りの二つは……凶悪よ。気をつけなさい」
「…………ああ。後……二つ…。何かあるんだな……」
唐突に、理解した。
一つの年に、一つずつ。
何かが……起きるんだ…………。
「……圭一」
「…何だ…?」
「…今までのは…偶然と言ってもいい。あなたにはただ、見てもらうだけだった」
「……今…まで……」
…ダム工事現場監督殺害と…沙都子達の両親の転落……か。
「…だけど…ね。これからは……必然となる。…いえ、前の二つもある意味必然なのかもしれないけど……」
「………………」
「今度、そして次は完全に人工によるもの。…これからどうするかはあなたに任せるけど…」
「………なる…ほどね……」
「これからは……熾烈きわまる事になるわよ。覚悟しなさい」
「…分かってるさ。これから俺がやる事……大体理解した」
……惨劇に……挑み…打ち勝つ事……。
「ようするに……これからの悲劇を何とか食い止めろ……って事だろ?」
「……食い止めろとまでは言わないわ。今までそんな例が無いから。……とりあえず……見届けなさい」
「………………」
「その現場で見届けることが……絶対条件よ。それらしい動きがあったら、すぐにあなたも動きなさい」
「…分かった。だが、俺は目の前で人が殺されるのを黙ってみてるほど腐ってねぇぜ」
「…………まかせるわ。あなたは死なない。…………そう、信じてるから……。…条件は、とにかくその現場に居合わせる事。いいわね?」
「分かってる。何としても食い止めてやるよ……!!」
「……持って行きなさい」
「…!」
そう言った古手さんから、バットが投げられた。
俺はそれをキャッチし、古手さんに視線を送る。
「……一応……護身用にね。その眼があればどうにかなるとは思うけど……」
「…ありがたく受け取っておくよ。……バットを持ってりゃ誰であろうと俺の姿を確認できるしな…」
俺がバットを持っていて、他の人に俺の姿が見えないのではバットが宙に浮いている事になるからな。
そうはならないのを確認済みだ。
……よく考えれば簡単に俺の姿は一般人化できたんだな……。
「……圭一」
「……?」
「必ず……生きてね」
「……へっ……」
「……」
「言われるまでもないさ」
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