・今年の祟りの執行者は「北条悟史」。
・北条悟史失踪の発覚は綿流しから少なくとも三日後。
・園崎詩音の「けじめ」は『詩音』の存在の発覚からすぐに行われる。
・祟りの「執行者」は何者かによってすりかえられる。
・この年、竜宮レナが雛見沢に帰ってくる。
・この年の悲劇を防ぐ事は来年の惨劇の「可能性」を一つ潰せるかもしれない。





 ……何か発見があるかも……と思って記してみたけど……。
 ……私に分かるのはここまで。……後は……手探りで行くしかないみたいね……。






 ノートの33ページ










 どこまで行けば始まるの?
 そんなの自分で探しなさい
 
 どこまで行けば満足するの?
 そんなのあなたが決めなさい

 どこまで行けば終わりは見えるの?
 そんなの私にも分からない


 Frederica Bernkastel


 





 ひぐらしのく頃に 記憶辿り編




 

















         第四の年         












      其の一【決意と誓い】 






 ……暖かい。
 真っ暗闇のこの空間に、光が差し込んでいるんだ。
 ……って事は……着いた……みたいだな。相変わらず実感ねーや……。
 ……そういや、祭具殿の扉が自動的に開くなんて事……今まであったっけ?
 この古ぼけた建物が、一年あまりで自動ドアになったとか? ……なんて、んなわけねぇよな。
 まぁ、開いちまったもんは開いちまったんだから、いちいち俺が開けなくて済む分、ちょっぴり特をした気分だ。
 どこのどなたか知らないけど。……ありがとよ。

「……なんてな……」

 扉は完全に開き、光が俺を包み込んだ。
 ……眩しい。ほんの一瞬だけ暗がりにいただけだってのに、光に対して目が防衛反応を取りやがる……。
 実際は一年経ってるんだからしょうがないのかもしれないがな。
 ……外から風がざぁっと吹き込んで、かび臭い空間は新鮮な空気に満ちた。
 外は、いい天気みたいだな。
「よ、久しぶり」
「……ええ、そうね……」
 そう言って風で揺れる髪に手をかざした古手さんの身体は、暮れつつあった太陽を背に……柔らかに光っているように見えた。
「圭一」
 神々しさをその身に宿しつつ、古手さんは俺の名前を呼ぶ。
 ……俺はぽーっと見とれていたわけだが、おかげでようやく我に帰った。
「お、おう。何だ?」
「まずは……これを渡しておくのです」
「……これって……」
 ……それは、財布だった。どこからどう見ても、誰が何と言おうと……財布だった。
「中には十円玉が一杯入ってるので、電話を使用する時のためにとっておいてください。今年は、急がしくなると思いますから」
「あ……ああ、ありがとう……な」
 ……そういえば、俺から連絡といえば、大石さんへのポケベルくらいしかなかったな。
 金を持ち歩いた事が無いため、公衆電話を使った事もない。
 今年は……連絡を取るために必要か。……なるほど、理にかなってはいる。……が。
 いつもながら……俺って情けねぇ〜……。

「……それで、圭一」
「……何だ……?」
「……運命の歯車は……既に回っています」
「……!!!」
 ……ほんわかとした空気は、一気に冷えた。
 運命の歯車。……俺自身は初めて聞く言葉だが、まるでそんな気がしないな。
 そいつは……既に回り始めている……ってか……。
 つまり……綿流しに向かって……準備とやらは着々と進んじまってるって事かよ……!
 俺は焦りでギリ、と歯を食いしばり、顔を上げて……言う。
「……そうだ、古手さん……まだ聞いてなかったな。今日は、昭和57年の……何月何日だ?」
「……今日は、六月の十八日なのです。……明日が……綿流しなのですよ……」
「……明日……!? もう……そんなに迫ってるのか……!!」

 ……なんてこった……。今は夕方で……明日が綿流し……!!
 やっべぇな……。残り時間はもうわずか……か。こうなると……やれる事も限られてくるな……!!
 一番欠かせない情報収集だが……これはもうあきらめる他ない。必要最低限の情報を元に、今年何が起きるのかを考えるしかない。
 時間をかけないと重要な情報なんて入ってくるわけがない。短期的に中途半端な情報収集でせっかくの時間を無駄にするよりは、別の事にまわすべきだ。
 ……時間がないってんなら、俺がやれそうな事といえば現行犯で直接とっ捕まえる事だ。
 大石さんが味方についてくれているわけだから、怪しい場所で張り込みをすればいい。
 そうすれば、高い確率で今年の祟りを回避できるはず……!

「圭一。……歯車は……圭一の予想を遥かに上回って……狂い始めているのですよ……」
「……え……?」
「ひょっとしたら、もう……修復は不可能なくらいに……軋み、悲鳴をあげているのです……」
 ……古手さんの表情が……一気に悲しげになる。
 ……彼女の……こんな表情は初めて見た。……普段は……笑ってるか、真面目な顔をしているかどちらかだからな……。
「圭一は、悟史の事を覚えていますか?」
 俺は、その……今の話にこれ以上ないくらいに不釣合いな人間の名前を出され、一瞬戸惑う。
「悟史って……北条悟史の事だよな? あぁ、俺にとっちゃ二年も過ぎちゃいないからな。ついさっきの事みたいに覚えてるよ」
「……では……先に伝えておきましょう。……今年の、オヤシロさまの祟りの執行者は……」
「……」
「悟史なのですよ」
「――っ……!?」

 
 ……何だって……!!?

 北条……悟史が……祟りの執行者……!!?
 悟史って……あの……悟史だろ……?
 むぅむぅ言ってて……妹思いで……自分家のすぐ後ろで迷子になっちまうような……悟史……が……!?
 お……おいおい、シャレにしか……聞こえねぇぞ……?
「ほ……本当なのか……? あの悟史が……人……殺しを……!?」
「……本当なのですよ。悟史だけじゃない。……沙都子も、もう……擦り切れてしまいそうなくらいに……追い詰められているのです……」
「なっ……」

 ……言葉が出なかった。
 さっき、俺は古手さんの言っている事はシャレなんじゃないかと思った。
 ……でも、違う。
 いつだって……そうだった。古手さんの言う事に……間違いは何一つありはしなかった……。
 それに……何故か、頭の中で……イメージが湧いてしまう……。
 瞳から……輝きを失った、沙都子の姿。
 それは……見ていられなくなるような……極限まで追い込まれた……沙都子……。
 手を差し伸べようと思っても、拒絶され……全てが闇に包まれていく……そんな、縁起でもないイメージ……。
 悟史のイメージは……何故か湧かない。
 ……でも……沙都子の様子だけで、それがどれほど辛く、窮屈で……耐え難い場所であるかは……明白だ。
 
 ……そう……か。
 分かった。俺が……今年すべき事……。

「……古手さん……」
「……みぃ……?」
「悟史は……俺が必ず救い出すよ。俺が絶対に止める。悟史を……人殺しになんかさせやしない……!!」
「…………」
「俺、あいつらと一緒に暮らした事があっただろ……? ……あの時……俺は確かに感じたんだ……」

 ……そうさ……。
 俺自身が体験した。だからこそ、そう言える。
 悟史も……沙都子も、俺が救い出さなければならない……!!

「あいつらには……『温もり』が確かにあった!! 悟史と……沙都子と……おじさんに……おばさん……。暖かくて、優しかった。……でも、今は違う。環境ががらりと変わっちまった!!! ……だから……歯車は狂い始めてしまった……!」
「……」
 ……古手さんは何も言わない。
 でも、今は……そうしてくれた事に礼を言いたい。

「俺は……あの時感じた温もりを……今でも覚えている。あいつらは……こんなんじゃ……いけないんだ……。……助けたい。悟史を……沙都子を、助けたい……!!」
「……その言葉を……待っていたのですよ……」
 俯き気味に、握りこぶしを作っていた俺の頭に……そっと、小さな手が乗った。
「今まで、何をしても悟史と沙都子は……今年のうちに助けてあげる事が出来ませんでした。……だから……私も、あきらめていました」
 ……気のせいか、古手さんの声は……どんどん嗚咽が混じって聞こえてくる。
 それだけで……伝わってきた。
 ……古手さんも……何度も何度も……挑戦……してきたんだな……。
 
「でも……今回は違う……。圭一……あなたが居る……! 私は……知っている。あなたは、奇跡をひきつける力を持っている……!! 何をやっても無駄だって……そう思ってたけど、それは間違い。あきらめる事は逃げる事。逃げていては……何も変わらない。あなたは……それを、……教えてくれた……!!」
「……古手さん……」
「……今度は……。……今度こそ……!! 私も一緒に戦うわ……。最初から……最後まで……!! この、昭和57年の惨劇の幕を……引き摺り下ろすために!!!」
「……あぁ! そりゃ頼もしい限りだぜ! 悟史も……沙都子も……救ってやるさ……!!!」

 俺は、古手さんに手を差し出した。
 これは、共に運命に抗おうという事を、互いに示し合う印であり、証でもある……誓いの握手。
 俺はもう、二度と誓いを破らない。
 去年、彼女の両親を護ってやると……誓ったにも関わらず、結局何もできずに……惨劇の進行を許してしまった。
 俺は、もう自分の無力を思い知るのは御免だ。
 無力感なら、今まで何度も何度も味わってきた。……だからこそ……俺は二度とそれを味わいたくないと思うし、そんな思いをするわけにはいかねぇんだ!!!
 それを……許しちまうって事は、今年の惨劇を許しちまうって事……。
 ……そんな事は……絶対にさせない。

 ……前原圭一!! 俺がここに居る理由は何だ!?
 聞くまでもねぇよなぁ!? そんなもん、毎年綿流しの日に起こる祟りとやらを食い止めるためだ!!!
 ……それなのに……何だよこの様は!?

 もう……もう、失敗は許されない!!!
 俺は……俺のすべき事をしなくちゃならないし、己の無力のせいで後悔なんてしたくない!!
 だからこそ、前に進む!
 その為の力は……俺にはあるのだから!!

 ……俺が差し出した手に、古手さんの手が……重なった。

「……圭一。私は、もう……迷わない」
「……それがいいぜ。淀んだ目は……君には似合わない。さっきの悲しい表情、二度と俺の前で見せないでくれよな!」

 沈み行く太陽は、俺達の手を朱く染めた。
 交わされた握手は、とても強いもので……古手さんの覚悟が、手に取るように伝わってくる。
 
 ……暮れ行く空は、ひぐらしの鳴き声と共に……すがすがしい気持ちを俺に与えてくれた。

 俺は、脳内の余計な情報を全て放棄し、これから何をして……どう動くべきかを考える。
 ……そうだな……。
「……よし……。まずは……やっぱり情報収集だな。今日中に、今雛見沢で何が起こっているのかを把握しておかないといけない」
「それなら、ボクがお話してあげますですよ。今、何が起きているのか……これから、何が起きるのか……全部、全部お話してあげます」
「……そっか。じゃあ……頼むよ」
「……少し……時間が掛かると思いますが……。……そう……ですね。まずは……」





 *   *   *

「……え、お姉、それ……本当……?」
「……うん。悟史からさっき家に電話があった。……今日の事、謝りたいって言ってたよ」
 
 ……昼間、沙都子に殴りかかっちゃった……あの件の事か……。
 今……思えばだけど。何で私はあんな事をしちゃったんだろう。
 沙都子が憎らしくて……たまらなくなって、衝動的にひっぱたいて、罵声を浴びせたりしたけれど……。
 ……そんな事をすれば、悟史君から絶対に嫌われちゃうのに。
 自分で、自分のした事が信じられない。
 
 ……そんな私に来た……夜中の電話。
 相手は魅音で……悟史君から電話があった……と……。
 ……どういう事だろう。……絶対に……嫌われちゃったと思っていたのに……。

「……わかりました。すぐにかけてみます。番号、いいですか?」
「うん。……言うよ」

 ……謝りたい……だなんて……。
 ……謝らなきゃいけないのは……私の方なのに。
 ……ねぇ、悟史君……。あなたは……どうしてそんなに優しいの……?
 どうして……私なんかの為に……お詫びの電話なんか入れてくれるの……?

 ……私は……どうすれば……いいの……。

「詩音。……最後に、一つだけ……いいかな?」
「えっ……あ、はい。何ですか?」
「悟史の事……よろしく頼むね。彼を助けてあげられるの……詩音だけだと……思うからさ。……私の声は、もう届かないみたいだけど……。……詩音の声なら、届くかもしれない」
「……」
「……じゃ。またね」

 それっきり、魅音の声は……聞こえなくなった。
 少しの間呆けていたけれど、悟史君へ電話をしなきゃいけないのを思い出して、さっき教えてもらった電話番号へとダイヤルを回した。
 受話器を耳に当てる。……コール音。……それが、ずっと続いていた。
 そういえば……悟史君に電話をかけるのは初めてだ。
 ……こんな形でかける事になっちゃうなんて……。……本当に……今日の事は反省しなきゃ……。

「……もしもし……。北条です」

 不意に、受話器の向こうから悟史君の声がした。
 ……その声に……元気は無かった。

「あ……、悟史……君……? 私だけど……」
「……あ、あぁ、魅音か。もう……時間は大丈夫みたいだね」
 電話の向こうから聞こえてくる声は……まぎれもなく悟史君のものだった。
 私の頭を……優しく撫でてくれた……あの頃の……。
「……あの時は……ごめん……」
 でも……やっぱり、声に元気は無かった。
 聞いているだけで……胸が張り裂けそうになる……。
 ……でも、返事をしなきゃ……。悟史君は……私のためにさっき電話をしてくれたんだもの……!!
「う……うぅん、私も……ごめんね……」
「……魅音は謝らなくていいんだよ。……僕がどうかしていた……」
 私は、しゃべれなかった。……こんな時なのに……情けない事に、何を言ってあげたらいいのか……分からなかったからだ。
 悟史君も、しゃべらない。
 ……場は、必然的に沈黙に覆われる……。
 ……少しの間を空けて、悟史君が……再びしゃべりだした。
「……僕は……僕達をここまで追い込んだ奴等を……絶対に許しはしない」
 その声は……相変わらず……元気の無い声だったのだけれど……。
 どこか……凄みに溢れていて……、やっぱり……私は何も言えない。
「……そいつらは……魅音の……とても近くに居るのだろうけれど……でも、決して魅音じゃなかったんだ」
「……!」
「だから、君にだけは謝っておこうと……そう、思ったんだ」
「……悟史君……」
 ……悟史君達を……追い詰めた奴等……。
 ……間違いない。園崎家の事だ。
 私も、魅音も……園崎家の人間。だから……昼間、私の胸に聞いてみろ……なんて……。
 ……。
「ねぇ……魅音……」
「……ん……? 何……?」
「沙都子の……事なんだけど……。……明日、綿流しのお祭りだろ……?」
「……え、えぇ、そうですね」
 ……綿流し……。そういえば、もう……そんな時期なのか。
「だから……一夜くらい、何もかも忘れて……遊んでいてほしいんだ。だから……沙都子をお祭りに連れてってあげてくれないか……?」
「……!」
 沙都子を……お祭りに……?
 ……そりゃ……構わないけど……。
「……どうして……悟史君が連れて行ってあげないの……?」
「……え……」
「だって、私が連れていくより……悟史君が連れて行ってあげた方が……」
「……用事……だよ。明日は……ちょっと、どうしてもお祭りにいけない……用事があるんだ……」
「……」
 ……お祭りに行けない……用事……?
 それって……何なの……? 沙都子だけじゃなくて……悟史君も一緒に行って……楽しむべきなのに……。
 嫌な……予感がする……。
「……ねぇ、魅音……」
「……?」

「……沙都子の事……よろしくね……」


 ……その……一言には……、何か……重みを感じた。
 悟史君が背に背負っている『重さ』を……そのまま乗せて発せられた……そんな……奇妙な感じ……。
 私は、何て返事をすればいいのか分からなかった。
 ……でも、今は悟史君が望む答えを……言ってあげるべきだって……そう、思ったから……。

「……うん。分かった」
「……ありがとう……」

 ……どうして……悟史君はそこまで沙都子の事を想ってあげられるんだろう。
 ……どうして……悟史君はそこまで沙都子のために身を挺する事ができるんだろう。
 ……どうして……。
 ……どうして……私は悟史君にそこまで想ってもらえないんだろう……?

 ……ねぇ……、どうしてなの……?
 教えてよ……悟史君……。


「でぇぇええりゃぁああああ!!!!!」


「「……!?」」

 ……え……!?
 ……何……? 誰の声……!?
 悟史君じゃない。沙都子でもない……! 叔母の声でもない……!!
 誰かの声が……聞こえて……。

 パリーン!!!

「……え……」

 ガラスの割れる音。
 そして……バタバタと荒々しく家の中を走り回る音が聞こえる……。
 ……何……? 一体……何が起こってるの……!?

「……ハァ……ハァ……! ……見つけた……!!」
「……け……」

 誰かが……悟史君の目の前に居る……?
 一体……誰……!?

「……圭一……!?」
「……え……?」

 ……圭一……?
 それって……圭ちゃんの事? ……ダム闘争の時……雛見沢に居た……あの……圭ちゃん……!?
 え……? 何で……圭ちゃんが悟史君の家のガラスを突き破って……中に侵入してるの……?
 私の知ってる圭ちゃんは……絵に描いたような、正義感を持ってる……そんな人だったのに……!?
 ……な……何が起こってるのよ……!?

「何をしとるの!!! 騒々しい!!!!」
 ガラガラと扉を開く音がして、叔母の声が二人の声に混じって聞こえてきた。
 ……まずい時にまずい奴が……!!! あぁもう……!!
「……! おばさ……」
「……てんめぇかぁああ!!!!」
「……っ……!!?」
 ドサリと音がして、圭ちゃんの怒声が受話器越しにビリビリと響いてきた。
 ……これは……圭ちゃんが……叔母と取っ組み合いをしている……!?
「てめぇが……てめぇが……!! 沙都子を……悟史をぉお!!!!」
「何をするんだい……このガキがぁあぁ……!!」
「許さねぇ……許さねぇ!!! てめぇだけは……絶対に――」

 ――パンッ!!

 ……え……?
 電話の向こうから……聞こえてきた、奇妙な音。
 それは、何かを……平手打ちしたような……そんな……音……。
 
「なっ……!? 悟……史……?」
「……圭一……。いきなり人様の家に押しかけて……何様のつもりだよ!!?」
「お……俺は……お前と沙都子の事を思って……」
「五月蝿いっ!!!!」

 ……さっきの圭ちゃんの怒声に……負けないくらいの、鋭い声が……聞こえてきた。
 それは、明らかに悟史君の声で……、かなり……怒っているようだ。

「出て行け……」
「悟……」

 ……でも……。

「出て行けよ!!」
「……っ」

 何でだろう……?

「出て行け……!!!!」
「……――っぅ……」

 何で……その声は……。

「出て行けって……言ってるんだよぉおおぉお!!!!」
「……う……っぐ……!!」

 寂しそうに……聞こえちゃうんだろう……?


 ……また、廊下を走る音が聞こえる。…………圭ちゃん……出て行ったんだ。
 ……彼も……同じなのか。
 悟史君を……沙都子を……傷つける奴が……許せない……。
 最初は驚いたけど、今なら……納得いく。
 あれから四年が経つけど。……圭ちゃんは、全然変わってないみたいだった。

「……あ、」

 プー……プー……。
 気づけば、電話が切れていることを知らせる電子音が……永遠と受話器の向こうから聞こえていた。



 *    *    *


「け……圭一……!!」
 ……俺が割ったガラスを踏み分けて外に出ると……そこには古手さんが居た。
 心配そうな顔で、俺を見ている。
 ……はは、悪いけど……今は……何も言ってほしくねぇや……。
「……圭一、勝手に行動しちゃ……駄目なのですよ……」
「……だって……よぉ……。……古手さんの話……聞いてるうちに……居ても経っても居られなくなっちまったんだよ……!! あの時……あんなに笑ってくれていた……沙都子が……悟史が……!! そんなに……ひどい状態に……陥っているなんて……」
 笑顔を見ているからこそ……。笑っていた二人の顔を……この目に焼き付けているからこそ……。
 手を……差し伸べられずにはいられなかった。
 そんなのは……絶対に駄目だ。沙都子も悟史も……笑っていなきゃ駄目なんだ……。
 そう……思った時には、身体の方が動いていた。
 何が出来るというわけでもないにも関わらず、俺は……人様の家に勝手に上がりこんで……悟史に……追い出された……。

 ……今考えれば、俺は何て愚かな事をしたんだろうか。
 結局俺がした事は何だ?
 悟史の家の窓ガラスを叩き割って……部屋を土足で踏みにじり……叔母に掴みかかって……追い出された……。
 ……何だ、これ。
 馬鹿みたいじゃねぇか。俺は何がしたかったんだ?
 沙都子を救いたかった。悟史を救いたかった。
 ……そう……思っただけじゃどうにもならない。……でも、行動を起こしたところで……それが本当に意味のある行動で無い限り……それは思っているだけと……いや、思っているだけよりもタチが悪い。
 助けたいと思った人に……迷惑をかけるだけで……結局振り出しに戻っちまう。
 ……俺は……何も出来ちゃいない……。

「……大丈夫ですか、圭一……?」

 古手さんが俺の顔を覗き込む。
 ……とっさに、顔を別の方向へ向けた。

 ……悔しくて……悲しくて……。
 どうしようもない気持ちが空回りして……俺の悲壮感を増大させていく……。
 
「……なぁ、古手さん……」
「……みぃ……?」
「……傷つけられるってのは……一体どんな痛みなんだ……?」
「……」
 ……沙都子は……見かけなかったけれど……。
 ……あの……悟史の……瞳は……。
「……その……傷ってやつは……人を……ここまで変えちまうものなのか……?」
 ……あれは……っ!!!
 俺の……知っている……悟史の瞳じゃ……なかった……。
「……教えてくれ……。俺は……何がしてやれるんだ……?」
「……」
 古手さんは……何も言わない。
 顔をあわせていないから……分からないけど……。その瞳に映る俺の姿は……一体……どれほど惨めなものなんだろうな……。
「なぁ……。……教えて……くれよ……」
 俺は……切れ切れになりながら、必死に……声を搾り出した。
 ……俺のした事は……間違いだった。
 何の策も無しに突撃していくなんて……仮に戦場ならば命を捨てにいくようなもの……。
 ……それほどに……俺のした事は、愚かな行為でしかないのだ……。
 だが……裏を返せば、あの時の俺は……これ以外に出来る事が見つからなかったんだ。
 何をすれば良くて……何をしてはいけないのか……。……それすら……分からなかった……。
「……圭一……」
 うな垂れていた俺の前で、古手さんがしゃがみこみ……両頬に手を当て、ぐいっと顔を持ち上げる。
 ……涙でぐしゃぐしゃになった俺の顔は、簡単に……彼女の前に晒された。
「……あなたは……本当にそれを望んでいるのですか?」
「……え……?」
「……圭一は、いつだって……自分自身の力で、己の道を切り開いてきた……そうじゃないのですか……!?」
「……!!」
「私の知っている圭一は……こんな事でうな垂れて、頭を地へと向けるような人じゃないのです。……冷静になるのですよ、圭一。熱くなる事も時には必要です。……でも、今はそうじゃない。……それだけの事なのですよ……?」
「……ぁ……」
 ……そう……だ……。……そうじゃないか……。
 古手さんの……言う通りだ。
 俺は……さっき、自分でそう思っていたはずだ。……まず必要なのは、情報収集だと……!
 必要最低限の情報だけでも手に入れなければ、行動に移す事は出来ない。
 だが、情報なんてもんはなくても、「行動」を起こす事だけなら、可能なんだ。
 ……そう……、今の……この、俺の状態だ。
 確かに俺は古手さんから情報を手に入れたが、それを何一つ「生かしちゃ」いねぇ。
 情報ってのは、手に入れるだけじゃ駄目なんだ。それをどう生かすかが……手に入れた情報を有効活用しているって事になるんだ。
 ただ闇雲に突き進むんじゃ駄目なんだ。闇に惑わされ、道を踏み外していくのが関の山だろう。
 だからこそ、俺は情報を手に入れようとしたんじゃないか……!!
 情報は、いうならば道しるべ。これから進もうっていう道に、点々と光をともしてくれる、無くてはならない大切なものなんだ……!!
 あの時の俺には……それが見えなかった。
 そうだ。……熱くなりすぎていたんだ。感情の任せるままに、目先でともされている光を見失い、誤った道へと迷い込んだ……。
 だから、結果……こうなってしまった……!!

 ……そうだ。……クールになれ、前原圭一……。
 熱くなるのはまだ早い。……今は……冷静な状況判断が求められる時間なんだ……!!

 ……ありがとうよ……古手さん……。
 今なら……はっきりと見えるぜ……!! 俺の「道」で点々と光っている……灯火がな……!!!

「……圭一。これから、どうしますか?」
 古手さんが、にっこりと笑って……俺に問いかけた。
 俺は涙を拭い、膝に手を当て……一気に立ち上がる。
「……そうだな。やる事は……もう見えてるぜ、古手さん……!!」
 俺達がこれからすべき事。
 まずしなければいけないのは……最終目標の確認。
 最終的に、どうなるのが望ましいか……それを認識しておかなければならない。
「……悪い……古手さん……」
「……?」
「……俺は……オヤシロさまの祟りを防ぐ事より……悟史達を救い出す事を……優先したい……」
「……圭一……」
「悟史も沙都子も……俺の仲間だ。仲間は絶対に……助けてやらなければならない……!! その……為には……祟りなんて言っている暇は……ねぇんだ……」
 今年の祟りの執行者は、北条悟史。
 もう、時間が無い。悟史が何をしようとしているのかは知らないが、犯行場所やその時間が分からない今……やれる事は少ない。
 ならば……俺が優先しなければならないのは……悟史をこの闇から救い出してやる事……!!
 ……叔母を目の当たりにして……よく分かった。
 祟りの執行者が悟史だと言うのならば……被害者はほぼあの叔母で間違いない。
 綿流しの晩に毎年起こる、オヤシロさまの祟り。……それに、自分の犯行を重ねようっていうんだろう。
 悟史の準備は、もう完成間際まで進んでる。今更俺がどう足掻こうと、……悔しいが、防ぎきる事は不可能。
 それが……今の俺がはじき出した「答え」だ。
 ならばどうするか?
 ……大切なのは……アフターケアだ。
 人殺しなんて……そんなもん執行した日にゃ、気が狂いかねない。
 だからこそ……俺は、悟史の「道」にも……道しるべを敷いてやらなければならない……!!
 悟史の道は……明日、大嵐に襲われる。
 灯火が一つもない状態の悟史では……そのまま、迷い込んでしまうに……違いないんだ……。
 俺は……仲間を絶対に見捨てたりしない。
 悟史……。お前に……差し出した手が届くというのなら……。
 俺は……嵐の中だろうが喜んで飛び込んでいってやるぜ……!!!
「悟史を……笑顔にする。そうすれば、沙都子も……きっと笑顔になってくれる……!!」
 ……古手さんから、今まで二人の身に何があったのかは……聞いた。
 それは、聞いているこっちまで……辛くなる……そんな、嘘のような……本当の話……。
 そんな事をするような人間が……この世に居るのか。俺は、本気でそう疑ったぜ……。
 だが、目の前にしてよく分かった。あの叔母は……古手さんの話をそのまま具現化したような感じだった。
 ……そうなると……話も真実。そもそも、古手さんの言った事に間違いは無い。……俺は、確信を得た。
 ……そう考えると……悟史と沙都子は……笑う事を忘れちまってる……。
 あんな辛い体験をしていて……笑っているなんて、そんなのは……嘘っぱちだ……。
 心の底から笑う事を……あいつらは忘れちまってるんだ……!!!

 ……でも……。
「そんなの……悲しすぎるじゃねぇかよ……!!」
「……」
「笑う事も出来なくなっちまうくらいに辛い日々を送っていて……。……だからこそ……心の底から笑えない……。笑う事の楽しさを……心地よさを……あいつらは……忘れちまってるんだ……!!!」
 忘れちまったというのなら……!!
 また……俺が教えてやるよ……!!
 笑顔になれば、全部忘れられる。
 辛い日々なんか、すぐに忘れられるんだよ……!!

 ……でも、今笑って、仮に忘れたとしても……家に帰った時の現実に、またその身を打ちひしがれる……。
 だから、笑う事を止めちまう……。
 きっと……そうだったんだろ……?

 ……そんなのは……地獄だ。
 笑顔になる事を許されない日々……。……考えただけでも……ゾッとするような世界……。
 ……そこに……お前達は閉じ込められちまった……。

 ……でも……安心しろ……!!
 お前達は確かに閉じ込められた。だが、閉じ込められたって……必ず「鍵」はあるはずなんだ!!!
 それを……必ず見つけ出し、お前達を解放する!!!
 悟史……沙都子……。
 俺が勝手にそう思っているだけだ。……だけど、俺に……お前達二人と……誓いを立てさせてくれ……。
 
 必ず……笑顔にしてみせる……!!

 それが俺の……最終目標にして……何よりも優先しなければならない事なんだ!!!!

「古手さん。まずは……悟史達を笑顔にする事の出来る『鍵』を探すぞ!!」
「『鍵』……ですか……!?」
「あぁ、そうだ!! さっきの悟史を見ていれば分かる。今の悟史には……俺の声は届かない……! ……だから……探すんだよ!! 悟史の……心の奥にまで、その声を響かせる事が出来る……『誰か』をな……!! その人物こそが……悟史の心を解放してやるために必要な『鍵』なんだ!!!」
「……なるほど……」
「古手さんの話を聞いている限りじゃ、沙都子はにーにー……悟史以外の人物を信用しない。……いや、出来ないんだ。だから……まずは悟史を救い出し、それから沙都子を助け出す!! 俺は……絶対に二人を救い出してみせる。 その為に……必要な人物を見つける事……!!」
「それが……今ボク達がやらなければならない事ですね……!!」
「その通りだ!!」

 どこかに必ず居るはずだ……!!
 俺の知らない、今日以前の昭和57年で……悟史と親密に触れ合っていた人が……!!
 ……必ず……!!

「……圭一。そういう事なら……一人、心辺りがあるのですよ」
「……!!」
 
 ……よし……!! やはり……古手さんは知っていた……!!
 俺と違って、古手さんはここまでの全てを見てきたんだ。彼女なら……きっと知っていると信じていたぜ……!!

 ……悟史、沙都子。
 待っていてくれ。これから先、俺達が進んでいかなければならない道は大荒れみたいだが……。
 ……道しるべである灯火は……力強く燃え上がっているぜ……!!

「時間が無い。……行こう!!」
「……はい……!!」

「……その必要は……ありませんよ」

 ……え……?
 誰だ……!? 古手さんの声じゃない……!! 俺達以外の……!?
「……はろろーん。……お久しぶりですね、圭ちゃん」
 振り返ると、そこには……俺が知っている人物に……よく似た奴が立っていた。
 ……そうだ。忘れもしねぇぜ……。四前、随分と派手な事やっちまったもんだよなぁ……!
「……詩音!!」

 詩音……。そうだ、魅音の……双子の妹の……。
 でも、何で詩音がこんな所に居るんだ……?
「詩ぃ、どうしてここに……? 雛見沢へはあまり来たくない身なのではないのですか……?」
「なーに言ってんですか梨花ちゃま。電話の向こうであれだけ騒がれちゃ気になって仕方無いに決まってるでしょ! 葛西に頼んで最大速度でここまで飛ばしてもらいましたよ」
「……電話……?」
「そ。圭ちゃん、さっき悟史君の家の中に踏み込んでいったでしょ? あの時、悟史君と電話してた身なんで、みーんな聞いてますよ」
 
 ……あの時……悟史、詩音と電話していたのか……。
 ……ん……?
 詩音は……園崎家の人間だったよな……。
 古手さんの話じゃ……悟史は園崎家を嫌っていたはずだけど……。

 ……まてよ……?
 その……園崎家の人間であるにも関わらず……悟史と連絡を取っていた……。
 ……そう……か……。
 ――見つけた……!!!
「……そうか……。お前だったんだな……!!」
「……? ……何がです……?」
 俺は静かに詩音に歩み寄った。 
 あれほど神経をすり切って……元気の無い悟史が、電話をかけた……。
 それだけの事実があれば……確実じゃねぇか……!!
「詩音……俺達に力を貸してくれ!! 悟史を……笑顔にするために……!!!」
「……えっ……」
「電話で聞いてたんなら話は早い。さっき俺が踏み込んだ時の事、知ってるんだろ。悟史に……俺の声は届かなかった。……でも……お前なら……。詩音の声なら、届くはずだ!!」
 そうだよ……!! 園崎の人間を嫌うにも関わらず……悟史は詩音を受け入れた……!!
 そこには……きっと想像も出来ないような、深い……事情ってもんがあるんだろう。
 だけど、そのおかげで……悟史は詩音を受け入れる事が出来た……!! 今ばっかりは……詩音には悪いが、それに感謝するしかねぇ……!!
 悟史自身が受け入れた存在……。……詩音なら、きっと……届くはずなんだ……!!
「……ふふ……。……圭ちゃんも……お姉と同じ事……言うんですね」
「魅音が……?」
「……詩ぃ。魅ぃの言っている事も、圭一の言っている事も、本当の事なのですよ。……手を差し伸べて……それを、悟史が受け取ってくれる可能性があるのは……あなただけなのです」
「頼むよ詩音……!! 俺は……!! 悟史と……沙都子を……救いたいんだ……!! 頼む……手を貸してくれ……!!! あいつらを救い出すためには……お前の力が必要なんだ!!!」
 俺はそう言い、頭を下げる。
 ……不思議だった。
 俺は、詩音に訴えながら……いつの間にか、涙を流していた。
 何でかは分からない。だけど、あふれ出すそれを……止める事が出来ない。
 悟史と沙都子を、助け出してやりたい。それは、紛れも無い、俺自身の願い。
 でも、俺の声は届かなかった。方法に問題はあっただろうが、今後どうやったって結果は見えている……。
 でも、声を……届ける事の出来る人物が……こんなにも身近に居た。
 それが、嬉しいのか……それとも、自分自身の手で達成できない事が悔しいかったり……悲しかったりするのか……。
 何で、俺は涙を流しているのか……わからない。
 ……それでも、いい。俺に出来ない事は、何をやったって出来ないんだ。
 なら……俺に出来る事をする……。それだけだ……!!!

 ……頼む……。……詩音……!!!

「……まったく、圭ちゃんは……全然変わってませんね……」
「……え……」
「誰であっても、仲間を助けるためなら喜んで自らを差し出すし……その為なら何だってする。……ほんと、馬鹿みたいです」
「……」
 ……何と言われたって構いやしない……。
 俺は……詩音がはいと答えるまで……頭を上げねぇ……!!
「……勿論、OKですよ」
「……!!」
「電話の向こうで……悟史君、怒鳴ってましたよね? その、声が。……どこか、寂しそうに聞こえたんです」
「……?」
「圭ちゃんの声も、ちゃんと届いていますよ。悟史君、内心は……とっても嬉しかったんだと思います。でも、圭ちゃんを巻き込みたくない……。そう思ったんでしょうね。悟史君は……そういう、優しい人なんです。自分は二の次、常に他の人の事ばっかり考えてるんですから……。……そういう意味じゃ、圭ちゃんと悟史君は……よく似てます」
 ……悟史が……そんな事を……?
 ……いや……。
 ……そうだな……。悟史なら……そう考えてもおかしくはない……か……。
 でも、それは俺達が勝手に結論付けているだけに過ぎない。
 悟史本人の口からその言葉を聞くまでは……俺には何も……。

「……詩ぃ……。詩ぃは……悟史の事が、好きですか?」
 ……古手……さん……?
 こんな時に、……何聞いてるんだ……?
「……あは、やっぱり……分かっちゃいます……?」
「……詩ぃの言葉を聞いていれば分かっちゃうのですよ。……本当に……悟史の事が好きなんですね……」
「……はい……。出会いは……ちょっとした事だったんですけど。……徐々に……彼の暖かさに触れていって……気づいたら、いつも悟史君の事ばかり考えてました……。悟史君に……むぅって言ってほしい。悟史君に……頭を撫でてほしい……」
 ……詩音の瞳から……涙が溢れてくる。
 言葉の、一つ一つから……詩音の想いが……伝わってくる……。
「悟史君に……笑顔であってほしい……」
「……詩音……」
「園崎と北条……。私達は……結ばれる事は……ありません……。だから……。……だから、せめて……彼には幸せであってほしい……。ずっと……ずっと……笑っていてほしいんです……!! 悟史君の笑顔が……私の笑顔なんです……!!!」

 ……詩音は……こんなにも悟史の事を想っているのに……。
 ……悟史は……それに気づいてやる事が出来ない……袋小路に追い込まれている……。
 ……っく……!!  

「……詩音!!!」
「えっ……」
 ……無理だった。
 俺には、どうしても……それを黙って聞き流す事なんて……出来なかった。
 ……北条? ……園崎? ……そんなもんが何だってんだよ……!!!
 まだ……互いの気持ちも互いにわかっちゃいねぇのに……家柄だけでそんな事が決まってたまるか……!!!
「いいか詩音……!! ……結ばれる事が無いなんて……そんな事を言うな!! 北条悟史と……園崎詩音は……幸せになれる!!! 幸せにしてやる!!! それを邪魔する奴等が居るってんなら……俺がそいつらをブチのめしてやる!!!! お前達の道の先に、壁があるというのなら。……俺が……それをぶち壊してやるよ!!!」
「圭……ちゃん……」
「幸せになる権利は誰にだってあるんだ!! 悟史にも……詩音にも……!! 誰もが、等しく与えられた権利なんだよ!!! でも、それを手に入れるためには、努力するしかないんだ!! 努力して、頑張って……その先にある未来を幸せにしていく事こそが、人が幸せになるための唯一の道なんだよ!!!」
 幸せな人生を歩みたい。……人間なら、誰だって思う、ごく自然な事だ。
 そして、それは生まれた時の環境で、大きく難易度が変わってくる。
 例えば、金持ちで大企業の家に生まれたような奴なら、大した努力などせずとも、幸せになったと「錯覚」できるだろう。
 例えそれが錯覚であろうと、本人が幸せだと感じるなら、それは幸せな事に変わりはない。それも一つの人生だ。

 だが、詩音と悟史の場合は……その難易度が……あまりにも高いんだ……。
 当人達が幸せだと感じる為には、超えなければならない壁が……あまりに多すぎる……!!
 でも。……だからって……幸せをあきらめろだなんて、そんなのは絶対に駄目だ!!!
 努力して、その結果……報われるからこそ、人は幸せだと感じる事が出来るんだ……!!
 それこそが……真実の幸せ。……幸せを求めるために努力という対価を払う。対価を払ったからこそ、偽りの無い……真実の幸せを得る事が出来るんだ!!!
 それは、誰もが手に入れる事が出来るんだ。
 難易度は違うだろうが、誰もが努力して設定された難易度を超える力を身につけて、先へと進む……!!
 だけど、設定された難易度が……高すぎるんだよ……!!
 園崎家と、北条家。ダム抗争。オヤシロさまの……祟り……。
 恨むべきものは何なのかなんて、考える必要は無い。
 考えないといけないのは、幸せになるためにはどうすればいいか……!!
 そうして、苦悩して……悩んだ末に導き出した答えを味方に……前に進めばいいんだ……!!

 だが……この問題の答えは……導き出すのがあまりに難しい……。
 それぞれの事情が……複雑に絡み合って、答えを隠して二人を引き離そうと……必死になってやがる……!!
 だから……なかなか前に進めないんだ……!!
 だけど!!! ……だからこそ!!!! ……答えは……必ずあるんだよ……。
 幸せになるための……真実。それは、必ずどこかに隠されていて、見つける事が出来るはずなんだ!!!

 ……今は、悟史も詩音も……一人ぼっちだ。
 だから……見つからないってんなら!!! 俺が仲間になってやる!!! 俺が一緒に探してやる!!!!
 俺は悟史の苦しみを知った。……詩音の想いを知った!!
 幸せになりたいと願っているのに……答えが見つからない。手を差し伸べてくれる人が居ない。
 それじゃ駄目だろ!? 誰だって幸せになる権利があるってのに、それじゃあまりにも不公平だ!!!
 俺は手を差し伸べられる!! ならば……差し伸べて何が悪い!?
 誰かの幸せを願う事はいけない事か!? そんなわけがねぇだろうが!!!
 人は……喜びも、悲しみも……分かち合えるからこそ、支えあって生きていけるんだ……!!
 互いが望んで居ない未来に、わざわざ行く必要なんざありゃしねぇ!!!
 俺が足掻く事で……わずかでも悟史と詩音が……望むべき未来にたどり着く手助けが出来るというのなら……。……俺が……必ず何とかしてやる!!!

「前原圭一はここに!!! 改めて……三つの誓いを立てる!!!!」

 俺は……涙でぐしゃぐしゃになった顔を上空へと向け、声を張り上げて……叫ぶ。
 俺はもう迷わない。ここに立てる……三つの誓いをもとに……悔いの無いように前へと進む!!!

「一つ!!! オヤシロさまの祟りを食い止める事!!!! 二つ!!! 悟史と沙都子を救い出す事!!!!」

 空では、満月が輝いていた。
 神々しく輝き、寒空の中で……柔らかな光を、俺に届けてくれる……。

「三つ!!! 悟史と詩音を……必ず幸せにしてみせること!!!!!!!」


「……圭一……」
「……圭……ちゃ……」 

「俺は……あきらめねぇ……!!!! 灯火はまだ輝いている!! 小さな……小さな灯火だけれども……!! いつか……大きな炎へと成長して……俺達の道を照らしてくれる事を信じている!!!!! それだけを信じて……俺は足を止めない!! 前へと突き進む!!!!」

 そうさ……。
 俺は……この小さな灯火は……必ず大きな光となって、足元を照らす道しるべとなる事を信じている。
 古手さんも居る。……詩音も居る!!! 俺は一人じゃない。仲間が居る!!!!
 悟史も……沙都子も……!! 俺の仲間だ!! 仲間は絶対に見捨てねぇ!!! 必ず救い出してやる!!!!
 成長した灯火は光を帯びて俺達をずっと照らしてくれる……!!! 俺達は……もう闇に包まれる事はなくなるんだ!!!!

 だからこそ……!! この……たとえ……弱々しくても……!
 健気に……燃え続けている小さな光を……大切に護ってゆく……!! 俺には……それが出来るのだから!!!!

「聞こえるかぁああ!!! 悟史!!! 沙都子ぉお!!! 必ず……必ず救い出してやるからなぁあああ!!!!!」

 綿流し、前夜。
 冷え切った空気の中、俺は……俺の思いを全て……声に乗せて、響かせた……。




 *     *     *

「……う……」
「……おはようなのです、圭一」
 ……朝……か。
 古手神社の……俺がいつも寝泊りさせてもらっていた部屋。
 俺は、いつの間にかそこで眠っていた。
 ……昨日の事はよく覚えていない。……夜中に叫びまくって……泣きまくって……覚えたくないだけなのかもしれないけどな……。
「おはよ、古手さん。……って……何でここに居るんだよ?」
「みぃ? 圭一は部屋に入ったらすぐばたんきゅーだったのでボクが毛布をかけてあげたのですよ」
「いや、それじゃ理由にならんだろ……」
「圭一はがくがくぶるぶるにゃーにゃーだったのです」
「……えーと……?」
 ……時々彼女が何を言っているのか分からなくなるな……。
 がくがく……ぶるぶる……?
 ……震えてた、って事か? ……俺が?
「だから」
 ……って事は、
「ボクが」
 ……どういう事になるってんだ……?
「添いn」
「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て!!!!!!」
 それ以上言うな!!! それ以上は俺の耳と脳は断固受け付けんと主張しているっ!!!!
 ……いや……落ち着け……。クールになれ……。
 間違いなど起こってはいない。断固だ。それとも何か? 俺ってロ……。……いや、止めておこう……。
「みぃ?」
 ……くっ、そんな無邪気な子供の瞳で見つめないでくれ……!!! 何故か良心が痛むんだよ畜生!!
 止めてくれ、止めてくれ、止めてくれ、うおぉおぉおぉお……。
 普段みたいにクールになってくれよ、古手さん!!!!
 ……はっ……、そうだ。ならんというのなら無理矢理にでもさせてしまえばいい!
 
「古手さん、今日……綿流しだったよな」
「……みぃ。そうなのです」
 
 ……む、これでも駄目か。
 ……まぁいい、シリアスな話に持っていけば自然と変な考えは消えていく……。
 しばしの我慢だ、俺。

「ところで圭一」
「……? 何だ?」
「ボクの添」
「うおおぉおぉぉぉおぉおぉおおぉぉおおぉおお!!!!!!」
「みぃ、何故大声を出すのです」
「うおおぉおぉおぉおおぉぉぉぉおおぉおぉおぉ!!!!!!」

 くそ、一枚も二枚も上手という事か……。
 俺は叫ぶ以外に何もする事が出来ず、ただひたすら叫びまくってやった。
 ……こうして……朝っぱらから準備していた村民の方々が集まってくる事態となったのであった……。

「……ふふ、圭一で遊ぶのは本当に面白いわ」
「……そりゃどーも……。……って……俺はいい玩具かい……」
「あながち間違ってないと思うけど?」
「へーへー……」
 それからしばらくして。
 ……腹が減っては戦も祟りもないと、朝飯を食って、顔を洗いに外の水道へ向かった。
 来なくてもいいのに古手さんも来て、朝の事言われて耳が痛い。……ったく、本当かなわんなぁ……。
 ひとしきり虚しい涙を流した後、俺は蛇口をひねって、水を出す。
 それを両手ですくって、顔に押し当てた。……やっぱり、俺は室内で顔洗うより外で洗う方が向いている。
 ……朝だから、余計にそう思うのかな。この綺麗な空気の中で顔を洗うのは、心地よくて仕方がなった。
 その後、家の中へ歩きながら、今夜の事を少しでも聞いておこうと、古手さんに声をかける。
「……ところで、古手さん。今日の晩の事だけど……」
「……そう、その事で圭一に言っておかないといけない事があるんだったわ」
「……え?」
 ……以外だった。
 綿流しの日については、いつも俺から聞いていたからな……。古手さんから話がある、というのは初めてだった。
 ……それだからか、こんな些細な事も気になったんだろうな。
 ……まぁ、今はいいか……。用ってのは……?
「……今年の祟り……私は圭一と一緒に戦えないのよ……」
「……え!?」
 ……なんだって……!? 
 今回は一緒に戦ってくれるって……そう言ったのに……!?
「どういう……事なんだ……?」
「……去年……私の両親が死んだでしょ? ……だから、今年からは奉納演舞を私がしなきゃならないのよ……」
「奉納……演舞……?」
「えぇ。毎年、綿流しの日に古手神社の巫女がする事なんだけど……。……去年まではお母さんがやってたんだけど、今年はもう……居ないから……」
「あ……」
 ……そう……か……。……そうだよな……。
 ……こればっかりは、……しょうがない……よな……。俺が……ふがいなかったから……。……いや……今は……後悔をしている時間じゃないか……。
「奉納……演舞か……」
 ……その演舞とやらが何かは分からないけど、わざわざ断りをいれたって事はサボれないものである事だけは確かだからな……。
 ……古手さんの……お母さん……。……もう……居ないんだよな……。
「……圭一が気にする事じゃないわ」
「でも……」
「いいのよ……。……圭一はお父さんの為に戦ってくれたんでしょ? ……それだけで、充分よ……。お母さんを護りきれなかったのは、私のせいだから……」
「……」
 ……失ったのは……私の……せい……?
 ……。……違う……。古手さんの……せいなんかじゃ……ない……。
 祟りのせいだ……。……オヤシロさまの……祟り……。……誰がこんな事やったのかは知らないが……去年の奴等は……動きが一般人のものじゃなかった。
 ……奴等のせいで……古手さんの両親は……亡くなった……!!
 ……そして……悟史までも巻き込もうと……!!!
 ……くっ……!!!
「古手さん……」
 俺は歩いていた足を止め、握りこぶしを作る。
 ……その手には、思い切り力を込める。
「……これで何度目になるかは分からないけど、絶対に……止めてみせるよ」
「……策はあるのかしら?」
「今、思いついた」
「……面白い人……」
 ……そうさ。オヤシロさまの祟りは、止められる。俺が止める。
 その為の手段。……たった今……思いついたぜ……!!
「……成功率は?」
「……50%。……まぁ、イレギュラーさえ発生しなけりゃ、……大丈夫なはずだ」
 この作戦は……上手くいけば間違いなく悟史を止める事が出来る。……いや、そうじゃなきゃ意味が無いと言ってもいいが……。
 本来なら、70%の程は成功率を誇る。……20%下げたにしたのは……イレギュラーの確率だ。
 俺が想定している作戦内容と、別の事態が引き起こされた場合……作戦に少なからず影響が出てしまう。
 ……その為、予め立てていた計画が狂い、全てが失敗してしまう可能性があるのだ。
 ……事前の情報から、あいつはこういう行動をする、こいつはこんな行動をする……。そういう想定をした場合、……例えば、1〜10の作戦手順があったとする。
 1の手順で誰がこうすると想定し、2の手順へと進行していく。……そのため、もし手順1で相手が読みどおりの行動をしなかった場合、その上に成り立っていた2〜10の作戦は全て水の泡となるのだ。
 それに、自分の読みが間違っていた事への動揺が、次への対処を鈍らせ、その無限連鎖が結局事態を最悪へと引き寄せてしまう……。
 ……手順9くらいで想定外の事が起こるのならまだ修正は聞くが……1あたりで起こったら最悪だな。
 ……そこら辺も考えて……よく作戦を練らないと……。
「……頼りない数値だけど、あなたは頼りにしてるわよ」
 古手さんが俺を見て微笑を浮かべた。
「へへ、そう言ってくれるなら励みになるよ」
「……あら、私は本気で信じてるのよ?」
「……!」
 ……何と言うか、……美しい、って言うんだろうな。
 子供っぽい古手さんはかわいいと思う。……けど、今の彼女は美しさが満ち溢れている。
 ……二面性には……何故か驚かなかったけど、このギャップには毎度驚かされるな……。
 ……って、いつの間に真っ赤になってんだ、俺……。
 いかんいかん。朝の二の舞だ! 早くクールダウンしろ……俺……。
「やっぱり面白い……! クスクス……」
「……あ……!! くそ、また遊びやがったなー!!」
「二度ある事は三度あるわよ? ……気をつけなさい、クスクス……」
「……ぐ……」
 あー、畜生ー!!
 駄目だ、ペースにのるな……! 落ち着けぇ、クールになれ……俺……!
 そうだ、数を数えろ、羊だ! 羊の数を数えるんだ!!
 羊が一匹羊が二匹……。

「……ぐぅお!?」
 ……いかん、羊を数えるのに夢中になりすぎて……つま……ずいた……。
 ……って……あれ? 羊って……こんな時数えるんだっけか……?
 ……あぁ、畜生。……落ち着けぇ、俺ぇ……。
「クスクス……」
「……」
 地面に近づく俺を見ながらクスクス笑っている古手さんを、俺は思いっきりにらんでやった。



 *     *     *


 ……ひぐらしが……鳴き始めた。
 俺は、あれからずっと祭具殿の前で作戦実行のためのあらゆるシュミレーション――いわゆるイメージトレーニングだ――をやっていた。
 ぶつくさとあれこれ言いつつ考えつつ、……今、ようやく、一つに固まった。
 ひぐらしの声を聞きながら、空を見上げて……茜色になった空をじっと見る。……空は、カウントダウンを始めた。
 ……俺も準備しなきゃな……。
 ……日も沈みかけたためか、古手神社も人が増えてきた。
 俺は腰を上げて、伸びをする。ずっと座っていたから、肩の力を抜くには丁度よかった。
 ……一件、楽しそうに見える綿流しのお祭り。……けど、その裏では……毎年惨劇が起こる……。 
「……祭りの……終わり……か……」
 ……お祭りが終わるまでは、誰も気づかない。……忘れてる。
 発覚するのも、翌日。……いや、発覚して、その事を知るのが翌日なんだ。
 ……綿流しのお祭りが終わる。……それは、一種の節目……。
「……祭りの終わりは……惨劇の始まり……ってところですかねぇ……。んっふっふっふ……」
「……! 大石さん……!」
 俺の後ろに、いつの間にか大石さんが立っていた。
 ……いつの間に居たんだ……? ……全然気づかなかった……。
「お久しぶりですねぇ、前原さん。……ここに居ると思いましたよ」
「こちらこそ、ご無沙汰してました。……今夜は、よろしくお願いしますね」
 ……ここに居ると思いました……か……。
 ……大石さんはさっきここに来たな。こういう台詞は、誰かを探していて、どこに居るのか想定がつき、かつ見つけた時その本人に言うような言葉だ。
 ……俺は考え事をしているとぶつぶつ言っちまう癖があるからな。……悟史の事……聞かれてないようだ。
「えぇ、お願いしますね。……今後、色々と……顔をあわせる事になりそうですから」
「……」
 以前から思っていた。……やっぱり、この人の言葉、……言い方は、好きになれない。
 ……尊敬する人ではあるのだが、俺の個人的な意見としては……そんな感じがする。
 ……ただ、味方であれば、これほど心強い人も居ないのだ。
 
 ……何故だろうか、大石さんの……目……。
 ……嫌な予感がした。

 ……そして、しばらく沈黙が支配したが、大石さんが口を開く。
「前原さん、先ほど受けた配慮、しておきましたよ」
「……! ありがとうございます、大石さん」

 ……よし。これで第一段階は終了……。
 俺の作戦。……大石さんの協力無しには、出来ない芸当だったからな。

 俺は、祭具殿の入口付近に腰を下ろした後、作戦を考えていた。
 そして、丁度……昼くらいだったかな。……日の位置からして、大体それくらいだったと思う。
 俺は大石さんに連絡を取った。古手さんからお金をもらって、公衆電話から。
 ポケベルを使ったもよかったのだが、あれは文字を打っても全部カタカナになるから読みにくいし、直接会話をした方が早いからな。こちらの意図も伝わりやすい。
 そうして、俺は警察を動かせるだけ動かしてもらえるよう、大石さんと約束した。
 
 その具体的な内容は、「指定した場所に警官を配備してほしい」というもの。
 勿論俺は悟史がどこで執行するかなんて知らない。……だが、警官は配備するだけで効果があるのだ。
 ……特に、今の俺のような状態にあってはな……!!
 警察が厳重に警備しているところで人を殺そうなんざ、誰も思うはずもねぇ。
 これは、悟史へ一歩でも早く近づくために俺が仕掛けたものだ。警備がなされている所を探す必要はない!
 警備がまったくなされていない所。……つまり、配備されていない場所、
 俺はそこへと全力で向かう……!!

 悟史を見つけたら、大石さんには悪いが、嘘の情報を流させてもらう。
 そして、稼いだ時間を使ってあいつを止める。
 悟史発見場所から、出来るだけ遠くに誘導しながらな。……あいつとは、ちゃんと話をしなくてはならない。……ちゃんと……な……!!
 話がついたら……悟史と共に場を離れ、その後……大石さんに再び連絡を入れる。今年は何も起きませんでした、ってな……。
 ……願わくば、このシナリオが……崩れないでほしい。
 誰も死なない。……誰も罪人にはならない。……一番の……理想形……。

 俺はふと、少々寒くなってきた風に吹かれ、再び空を見た。
 ……気づけば、もう空が闇に包まれていく最中だった。 
 ……そろそろだな……。もう考える必要はない……。……急いで悟史を探さないと……!!

「大石さん、俺……そろそろ行きます」
「えぇ、ご健闘を祈っていますよ。何かあったら、連絡してくださいねぇ。……んっふっふっふ!」
「……わかってます! ……じゃあ!」

 俺は手を振って、悟史を探すために走り出す。
 ……本来なら、探す時間は早いにこした事は無い。……だが、それは相手の訪れる位置が決まっている場合に限る。
 位置が決まっているなら待ち伏せが出来る。それなら、イレギュラーも考えて早めに動いた方がいいだろう。
 だが、今回のような場合、相手の位置が決まっていない。
 悟史が叔母を誘い出す時間、場所……。
 場所に至っては限定されてはいるが、警察も雛見沢全体に配備されているわけではない。所々にある配備の無い場所を探していくしかないんだ。
 そして、日の出ているうちから人殺しをしようとはしない。……何故なら、今年の今日という日は、奉納演舞が八代目古手家頭首によって行われるからだ……!!
 古手さんから聞いた。彼女が行う奉納演舞には、村中の人が人目見ようと集まる、と。
 ……それは同じクラスの悟史も知っているはず。……俺なら、その時間帯を狙う。……誰もがそうするだろう。
 だからこそ、悟史も同じ行動を取ると……断言できる。
 ……本当は北条家の前で張り込んでいるのが一番いいのだが、そうするとどうしても北条家へと視線が行く。
 ……これも古手さんから聞いた事だが、今の悟史と沙都子には、監視、追跡をする、といった行動は取らない方がいいらしい。
 下手すりゃそれで発狂し、何をするか分からない……と言っていた。……もし、北条家の中で殺人なんかされてみろ。もしもの時俺はすぐに行けないし、言い逃れも出来ず、沙都子の目の前で行われる事になる。
 ……その……最悪の事態だけは、なんとしても避けなければならない。……だから、この手段をとらざる終えなかったのだ……。
 
 ……だが、今の俺なら……充分出来る……!!
 普通の状態なら無理だろう。……でも、俺には眼がある。
 多様は俺の為にも羽入の為にも駄目だが、こんな時のために授けてくれたものなはずだ。
 ……去年のように、自分の都合のために乱用はしない。……ここぞという時にのみの必殺技みたいなものだな。
 ……そして、今がその時だ。

 俺はまぶたを静かに閉じ、再び開け……眼を変えた。


 その瞬間、一気に体が軽くなる。
 一歩が鋭く、大きくなり、俺は地面を蹴り上げ、どんどん前へ進んでいく。
 空気抵抗がかなり厳しいが、今はそんな事を言っていられない。とりあえず、それはマッハの速度でも出さない限り俺自身にも周囲にも被害は出ないからな。
 ……と、今は余計な事を考えるな。……俺が今すべきことのみを頭に残し、それを実行するためだけに身体を動かすんだ……!!
 ……急げ……圭一……!!!




「畜生……!!」

 ……走り始めて、しばらく経った。
 随分と走り続けては各箇所をチェックし、また別の場所へと向かう。
 ……そうしているうちに……俺が見たのは……信じられない光景だった。

 ……警察が、居る。
 ……俺が……指定しなかった場所にも……警察が居たのだ……。
 つまり……大石さんは……。……っ!!

「……くそっ……!!!」

 ……甘かったか……!!
 あのオヤジ……俺を裏切りやがった……!! 
 ……いや……俺もそうしようとしていたのだから……因果応報って奴か……。
 ……にしても……何てタイミングで何てことしやがる……!!!
 くそったれ……!! これじゃ計画が全てパァじゃねぇか……!!!!

 ……あの時、……電話をした時、大石さんと動かせるだけの警察を動かすと俺は約束をした。
 その言葉には嘘は無かった事だろう。大石さんも犯人を捕まえたいと思っているのだからな。
 ……だが、配置場所がデタラメになってる……!! これは……おそらく大石さんが直接指示したものだろう……。
 そう考えると、俺が指示した箇所に警察が居ない場合があると考えて間違いない。何せ、俺が指示した箇所全てにフル動因の予定だったんだからな……。
 ……くそ……。これじゃ……全部の箇所を一つ一つ見る必要があるじゃねぇか……!!
 
 ……く、畜生っ……!! 大石さんめ……やってくれるぜ……!!!

「悟史……どこに居るんだ……!? ……うぅ……くそぉお!!」
 
 駄目だ……よく考えろ……!!
 悟史があんな計画をしているとして……実行に移すとしたら……家、祭り会場である古手神社から適度に離れている……林道あたりのはずだ……!
 アスファルトで整備されているような所でそんな事はしない。目立つし、殺害後の発覚が早い。……ならば、森……もしくは林道と考えるのが普通だからな。
 かと言って、北条家にあまりにも近いと自分に疑いが掛かる。
 悟史は沙都子に大きなぬいぐるみを買ってやるためにアルバイトをしていたという。なら、最悪プレゼントをするまでは捕まりたくないはず……!!
 そう考えれば……おのずと場所は見えてくる……!!!
 俺は、雛見沢の地図に警察の配置場所を記したものを取り出し、条件に適した場所を……配備は無視して調べ上げた。
 ……ここも違う、ここも……違う……。
 ……。
 次々とマーカーで地図にチェックをつけていく。
 ……条件に適した場所。……ここなら……人が殺せるという場所……。……我ながら何て場所を探しているのかと思ったが、今はそんな事言っている場合ではない。
 マーカーを握る手によりいっそう力を込め、目を地図上で走らせる。
 ……違う、違う……。
 ……!!!
「……あった!! ここだ!!!」
 地図の中にある、一つの……絶好ポイント。
 ……ここは俺が指定した場所だが……仮にそこに警察が居ないのだとすれば、間違いなく悟史はここに居る!!
 俺は地図で正確な場所を把握し、足に力を込めて……一気に地面を蹴った。
 ……急げ、急げ。急げ……前原圭一……!!!!

 
「……ハァ……ハァ……」
 ……俺が……地図で確認し、向かった場所……。
 そこで待っていたのは……本日二度目の……信じられない光景……。

「悟……史……」

 ……そこには……悟史と……血まみれになった、「誰か」がそこに居た。
 俺はまず、ポケベルを取り出して大石さんへとメッセージを送る。……そして……もう一人にも……。
 ……その後、木陰に隠れて……悟史と……倒れている人の様子を見た。
 あれは……おそらく叔母だろうが、顔が……分からなくなるぐらいに滅多打ちにしてある……。

「……っく……!!」

 ……一度殴った後……一気に感情がわきあがってきたのだろう……。
 今まで何度も苛め抜かれた事に対する……憤怒の念が……。
 ……何故かは分からない。……だが……何となく……分かった。
 ねずみが猫を噛んだら、絶対に放さない。もう逆らったのだ。ペコペコしても、その後はなぶり殺されるだけだからだ。
 ならば、死んでも放さない。……逆に、相手を殺すことだけを考える……!!
 ……それが……自然な行為なんだ……。

 それしか……方法が……無いのだから……。

「ハァ……ハァ……ッ……終わった……終わったよ……沙都子……」


 ……違う……。

 ……違う……!

 ……違う……!!!

「悟史!!!」
「――!!! な……圭一!?」
 それしか……方法が無いだと……!? ……違う……!! そんなはずは無いんだ……!!
 人殺しだなんて……そんなのは……一番やってはいけない事なんだ……!! 究極の選択と言っても過言ではない……!!
 だけど……!! それが選択である限り!! 選択肢は……必ずあるはずなんだよ……!!
 なぶり殺されるか……反撃を加えるか……。どちらか一つしか選べなかった? そんなわけねぇだろ!!!
 ある……だろ……!? まだ……選択肢はあったはずだろ……!!?

「……っく……悟史……!! ……何でだ……。……何でこんな事をした!!」
 俺は声を荒げて悟史に詰め寄った。
 最初は動揺し、事態を飲み込むのに必死になっていた悟史だったが、徐々に目がすわり、逆に俺に掴みかかってくる。
「……う……五月蝿い……っ!! 圭一は……知らないんだ……!! 圭一には分からないんだ!!! 僕達が……どれだけ辛い目に遭っていたか……想像がつくとでもいうのかい!!?」
 ……掴みかかりながら、そう言う悟史の頬に……水滴が、一つ……流れていった。
「君に……分かるはずが……無いんだ……ッ……」
 ……悟史が……とても、とても……悲しげな表情で……俺に訴えてくる……。
 ……馬鹿……野郎……!! この……大馬鹿野郎……!!

「つくに……決まってるだろうが……」

 何の為に……俺が昨日お前ん家に乗り込んだと思ってんだよ……?
 想像がつくか……だと……? あぁそうさ……!! ついたからこそ……俺は向かったんだよ……!!!
 確かに……悟史のイメージは湧かなかった……!! ……だが……!! ……沙都子のイメージだけで充分だった……!!!
 あんな状態が……何日も何日も続いて……平気でいられるわけがねぇ……。それだから……だからこそ……こんな事になっちまったんだよな……?
 分かってる。……分かってるさ……!!!
 でも。……でもなぁ……!!
「だからって……こんな事をしても幸せになんかなれないんだよ……!!!」
「な……何を言っているんだい……!? 僕は別に……」
「……この……馬鹿野郎――!!!」
「――!!?」

 俺は、悟史の頬に……思い切り拳をねじ込んだ。
 ……悟史。お前は……何も分かっちゃいねぇ……!!!
 
「沙都子が幸せならそれでいいってか!? お前は本当の馬鹿野郎だ!!!」
 俺はふらついた悟史に近づき、服の胸元を締め上げて言う。
「……!!?」
「俺は……こんな事をしても誰も幸せになんかなれないって言ってんだ……!!! お前は沙都子の幸せを思って勝手にやったんだろうが……同時に……お前は沙都子を人殺しの妹にしちまったんだぞ!!!」
「――!!」
 沙都子は……こんな事は望んだりしない。
 自分の苦痛を無くすために兄貴が人殺しをしてもいいなんて……そんな事絶対に思うはずがない……!!!!
 お前は……何を見ていたんだ……!! 沙都子を助けたかったのは分かる……!!
 だがな……。一人じゃ……一人で考えたってロクな事を思いつくわけがないんだよ……!!!
 この問題は……お前が一人で考えて行動したところで……解決するような難易度じゃないんだ……!!

「どうして……あの時俺と一緒に来なかった……!!? あの時……俺が昨日押しかけた時……沙都子と一緒に逃げるっていう選択肢だってあっただろう!!? そうすれば……お前は人殺しになんか……ならなくて済んだのに……!!」
「圭……一……」
「どうして……だよ……。……ぅ……っく……」
 
 ……分からねぇよ……!!
 あの時……逃げる事だって出来ただろ……!? それをすれば……俺が絶対に何とかしてやった……!! いい解決方法を見つけてやった……!!
 それなのに……なんで……!!

「……圭一なら……分かるでしょ……?」
「分からねぇよ……!!! どうして……っ!!」
「食い荒らされたくなかったんだ」
「……え……?」
「……お父さんと……お母さんが、僕達のために……残してくれた財産を。……これ以上……食い荒らされたく……なかったんだよ……」

 ……財……産……?
 ……何、言ってんだよ。……そんなもののために……?
 金のためにお前はっ……!!!

「……二年前……圭一が来てから、お父さんも……お母さんも……どこか、優しくなってくれた気がしたんだ。……それで……それでね……?」
「……」
「……凄く……暖かかったんだ……」
「……悟……史……」

 ……そう……か……。
 ……そうだよな……。ダム戦争で……北条家はボロボロにされて……村人から白い目で見られるようになって……。
 それで……不満やストレスが溜まらないわけが……ないんだ……。
 沙都子や悟史がそうであったように……それは、きっと……ご両親も……そうだったに違いないんだ……!!!!
 それで……それを……子供達にぶつけてしまうように……なってしまって……。
 だから……愛情を知らなくて……。

 ……だからこそ……二年前の……暖かさは……格別だったんだろうな……。
 ……当たり前だ。……赤の他人の……俺ですら、そう……思ったんだぜ……?
 沙都子と……悟史にとって……それはどれほど暖かかったんだ……? 
 優しさに包まれて……暖かさを知って……。

 でも、二人はもう居ない。
 
 崖から転落したんだ。……不幸な、事故によって。

 ……その、二人が……残してくれた、貴重な……財産……。



 ……それを……使われたくなかった。
 ……いや、悟史も、沙都子も……おそらく、手をつけようとは思わなかっただろう。……なんでかは分からないけど……きっとそうしたと思う。
 自分達の力で何とかしよう。……そう思うに……違いないんだ。
 その、お金は。……どうしても、どうしても……必要になるまでは、絶対に使わない。
 お父さんが、傍に居てくれるから。お母さんが、傍で見守ってくれるから。
 だから、僕達は大丈夫。自分達の力で、やっていってみせるよ。

 ……そう、……思うんだろう……?



 ……だから。だからこそ。……それを、奪われるのが……許せなかった……。


 ……そう……か……。


 悟史が護っていたのは……沙都子だけじゃなかったんだ。
 ……ご両親も……一緒に、護っていたんだな……?
 北条家として、その長男として、必死に……戦ったんだよな……?

 ……でもな、悟史。
 
「……もう、いいんだよ」
「……え……?」
 一人で背負うな。
 一人で、無茶をするな。
 重いだろう……? ……辛いだろう……?
 それに耐え抜いて、足を一歩一歩進めていくのは、それは……とても凄い事だ。
 でも。……一歩進める度、お前の身体は……傷ついていく。
 重たいから。……それが、あまりにも……重いから……。

「……悟史。……その荷を降ろせ」
「……」
「叔母という存在は消えた。……だが、お前は同時に殺人犯になっちまった。……つまり、また……重荷を背負っちまったって事なんだよ……!!」
「……駄目だよ」
「駄目じゃねぇ!!」
「いや。……やっぱり……駄目だよ……」
「……どうして……。どうして一人で背負うとするんだよ……!? 俺を……頼ってもいいんだぜ……!?」
 ……得る物を得た代償はそれに比例する……。
 ……財産を食い荒らす叔母は消えた。……だが、今度は悟史が護ろうとした家族の……沙都子と会えなくなる可能性が出てくる……!!
 それは絶対に駄目だ。……でも、悟史一人じゃどうにもならない……。悟史の性格を知っているからこそ……分かる……。
 こいつはロクに嘘なんてつけやしない。警察に質問でもされたら、むぅって言いながら俯く事くらいしかできないんだ……。
 そして……それは悟史自身がよく分かってるはずなのに……!!
 何故……!? どうして……一人で行こうとするんだ!!!!

「それが、僕の選んだ道だから」

「……――っ!!」
「……僕は決めたんだ。……僕達のために、他の誰もが不幸になっちゃいけない。これは、僕達の問題だから」

 ……悟史の……決めた道……?
 悟史が……自分自身で、決めた……道……。
 何だよ……それ……。
 ……じゃあ、何か……? お前は……自分から……茨の道を行こうってのかよ……!?
 どうして……。……どうして……お前はそんな無茶を……するんだよ……!!!?

「……悪いけど……っ、……迷惑……なんだよ……。……だから……」
「……っぅ……」

 ……悟史の目は、覚悟を決めた者の目だった。
 自分の決めた事だから。……それを、最後までやり通す。悟史の選んだ道は、そういう道。
 俺の助けなど、不要だと……そう言っていた。
 
 ……俺は、それを聞いて……半ば、あきらめかけていた。
 俺の言葉じゃ届かないのか。……俺じゃ、悟史を救い出してやる事が出来ないのか……?
 己の中で渦巻く悔しさと悲しさが、俺のあきらめを急速に加速させてゆく……。

『――本当に、それでいいのですか?』
 ――!!?
『貴方は、それを望みますか?』
 ……だ……誰だ……!?
 俺の……脳に、直接言葉が伝えられているかのような……妙な感じが、俺のもとへとやってきた。
 誰の声かは分からない。……だけど、確実に誰かが俺に語りかけていた。
『忘れたのですか? ……貴方の望み。声を高らかに……宣言したのを……もう忘れたのですか?』
「――ッ!!!」
 ……その、言葉が伝わってきた瞬間。
 俺の脳から、余計な事が全て消え去った。

 ……俺は、誓った。
 悟史を……笑顔にする。……悟史を、必ず幸せにしてみせると……!!
 ……昨夜……俺は高らかにそう言ってやったんじゃねぇか!!!!

 あきらめるな……。俺には……俺にしか出来ない事があるだろ……!!?
 今がその時だろうが……!! 悟史を、必ず救い出さなくてはならない……!!!
 特に、今は精神が不安定になっている時だ。絶対じゃないといけないんだ!!!!


「……悟史。悪いが、俺はお前の道であろうとなんだろうと、土足で踏み込むぜ」
「……な……!」
「お前の道が俺の進む道と被ってるんだよ。重荷背負って生きたいっていうんなら、それは俺だって同じだ。悟史がそうしたいと言うのなら、俺も付き合うぜ。嫌だと言っても、聞く耳もたねーぜ?」
「……どうして……そこまでするのさ……!?」

「……それが俺の選んだ道だからだよ」
「……!!」

「お前に幸せになってもらう為に、自分に出来るあらゆる事をする。……それが、俺が今歩いている『道』だ。その為に、俺はお前と一緒に前へと進んでいく。お前が自分で自分の行く道を決めたように、それが、俺の選んだ道なんだ」
 俺はそれだけ言って、口をつぐんだ。
 もう、これ以上言う事は無い。……俺は、俺の道を進む。
 だから、いつか……真実の幸せに、お前がたどり着ける事を願いながら、一緒に歩いていく。
 ……それだけさ。
「……は……はは……。やっぱり……圭一は変わらないや……」
 しばらくして、悟史が脱力しながらそう言った。
 ……へっ、ようやく笑ったな。
「……よく言われるよ。……俺は……ちっとも変わってないってな」
「自分が進む道に障害が現れたら、色々屁理屈を言って無理矢理通っちゃう所なんて、昔とちっとも変わってない」
「悪かったなー」

「……圭一」
「何だ?」
「……ありがとうね」
 
「別に、礼を言われる事なんて……してねーよ……」

 俺は頭を掻きながら、悟史がいつの間にか差し出していた手に、自分の手を重ねた。


 *     *     *

 ……もう、日が暮れて……涼しい風が吹き始めた頃。 
 私は、綿流しのお祭りにやってきていた。
 本当なら、雛見沢になんて来るべきじゃない。鬼婆の目の届く範囲だし、危険な行動である事この上ないのだ。
 ……でも、どうしてだろう。

 私は、ここに……居なくちゃいけない気がする。

 ……そんな、自分でも呆れてしまうような、理由で。……私は、リスクを承知で……こんな所に来ているのだ。
 こんな感覚は、初めてだった。
 聖ルチーア学園の窮屈だった生活が、そうさせたのかもしれない。
 せっかく興宮に帰って来たのに、自由になれなかった境遇が、そうさせたのかもしれない。

 ……でも。

 ……やっぱり、私は……。

「……悟史君……」

 ……綿流しのお祭り。……オヤシロさまの、祟り。
 もう、三年連続で起こっている。義郎おじさんから聞いた話だと、ダム工事現場監督、北条家夫妻、古手家夫妻が祟りに遭って、消えたという。
 ……そして、その奇怪な事件に……悟史君が足を踏み入れようとしている……。
 ……そう思うと、いてもたってもいられなかったのだと思う。

 ……それに、私に……圭ちゃんが誓ってくれた。
 必ず、詩音と悟史を幸せにする。
 ……あの、圭ちゃんが。……そう言ったのだ。

 その場だけの虚勢だったのかもしれない。よくよく考えれば、人一人が園崎家と北条家の因縁を断ち切ろうなんて、馬鹿げた話だ。
 それでも、信じてみようと思った。……どうして……?
 ……圭ちゃんの、瞳。
 まっすぐ……前だけを見つめていた。感覚的に、私はそう感じ取った。
 あの目は、自分を信じてる。そして、道を切り開く事へと、勢いよく挑戦してやろう、って……そんな目だった。
 ……前だけを見つめている瞳。……逆を言えば、もう振り返る事は出来ないんだ。
 圭ちゃんは、過去を振り返る事を許されていない。……なんでかは分からないけど、彼の瞳はそれを語っていた。
 そして……だからこそ。彼の言葉には、説得力があった。

 圭ちゃんは時々後先考えないで突っ走る傾向があるみたいだけど、それでも、普段は割りと冷静な方だ。
 四年前もそうだった。私が連れ去られた時も、すぐに大石さんと赤坂さん……だったかな。……その、警察の二人を連れて、助けに来てくれた。
 勿論、あの時は偶然もあったのだろう。警察二人が通りかかるなんて、本当に運が良かったと言ってもいい。
 ……でも、運をも引き寄せる力を、圭ちゃんが持っているのだとしたら……。
 ……もともと、そんなものにでも頼らなきゃ打破できないのが現状だ。……だから、彼にかけてみる価値は、充分あると思ったのだ。

 それでも、綿流し祭に行く気はなかったのだけれど。
 ……家でぼーっとしていた私の脳裏に……圭ちゃんが言ったある言葉が、よぎったのだ。
 手を、貸してくれ。
 ……確かに、圭ちゃんはそう言った。
 それはつまり、彼だけではどうしようも無いのだという事を、如実に物語っている……一言。
 そして、圭ちゃんはこうも言った。
 ……幸せを求めるために努力という対価を払う。対価を払ったからこそ、偽りの無い……真実の幸せを得る事が出来る。
 その言葉は、本当の事だと思う。
 等価交換という言葉を、耳にした事がある。何かを得たいなら、それに見合った対価が必要だ、というものだ。
 そして、思ったんだ。
 ……圭ちゃんに頼るだけじゃ、駄目なんだ。私も頑張らないと、幸せはつかめない。

 ……彼の言った事を、よく思い出せ。……圭ちゃんは、「手を貸してくれ」と言ったんだ。
 悟史君を救い出すためには、園崎詩音の力が必要だと……そう……言ったのだ。
 私は、幸せになる為の努力をする権利がある。そして、圭ちゃんの行動を手伝えば、それは努力にもつながるし、……何より、悟史君の幸せにもつながるんだ。
 
 私にとっての幸せは、唯一つ。
 ……悟史君の、幸せ。

 彼が幸せであってくれるなら。……笑顔でいてくれるのなら、私はそれだけでいい。
 彼を助けるために、私の努力が必要で、私が努力したら、悟史君が幸せになるんだ。……それは、直接私の幸せにもつながる。

 ……やっぱり、どこからどこまで、圭ちゃんの言う通りだった。


 ……私は、こんな所でのんびりしている暇なんて、ないんだ。
 ……行かなきゃ……。……雛見沢に……!!!
 

 ……そうして、私はここに来たのだった。
 でも、何をすればいいのか……分からなかった。
 ……雛見沢にはやってきた。でも、圭ちゃんがどこに居るのかなんて分からないし、悟史君がどこにいるのかも、分からない。
 梨花ちゃまは魅音達と遊んでいたけど、彼女は奉納演舞とやらがあるために参戦できないという事くらいは、私にも察しがつく。
 ……結局、する事がなかった。

 ……だから、……沙都子を……見守っていようって……そう、思った。
 ……何でそんな事を思ったのかは、分からない。
 だって、先日……私は沙都子を引っぱたいたんだよ? お前なんか居なくなればいいのにって……罵声も随分浴びせちゃったんだよ?
 一般的に言えば、私は沙都子の事を大嫌いになるはずだ。悟史君を追い詰めている奴等の一人だって、決め付けて。
 
 ……でも、今度は……悟史君の声が……響いた。
 ……沙都子のこと、よろしく……頼むよ。

 ……。

 悟史君は、幸せになろうって、必死に頑張ってる。
 圭ちゃんも、悟史君の幸せを願って、必死に頑張ってる。
 二人とも、努力をしているんだ。
 そして、幸せになるために……私の努力も必要だというのなら。
 私が何もしなかったら、誰も幸せになんてなれないよ。
 ……そんなの、絶対に駄目だ。……私がやらなきゃ。私に出来る事を。

 ……私にしか出来ない事を!

「沙ぁー都ぉ子ぉ〜☆」
 沙都子は、精神的にかなりまいってる。……悟史君もそう言ってたし、彼女自身を見ればそんな事は一目瞭然だった。
 そのせいか、梨花ちゃまが傍に寄り添っているけど、皆の中では浮いた存在になっていた。
 だから、私は出来るだけ優しく接してあげようと思って……声を思いっきり猫なで声にして沙都子に抱きついた。
「ふぁっ……!? あ……み、魅音さん……? どうしましたの……」
「……! 詩ぃ……」
「ち・が・い・ま・すぅー! 私は詩音! 園崎詩音です! お姉と一緒にしないでくださいよねー!」
 私は人差し指を立てて、沙都子の前でチッチッチ、とやってみせる。
 間違えるのは無理もないけど、ちゃんと覚えてもらいたいし、私はフレンドリーに接していく事を心がけて、さらに言葉を重ねる。
「う〜ん、沙都子はかわいいですね〜!」
「え……あ……、や……止めてくださいまし……! 邪魔ですの!」
「まぁまぁ、そう言わずに! ほら、撫で撫で〜」
「邪魔だと言っているんですの!!!」

 沙都子の肩から通していた私の腕は、彼女に振り払われ、……そのまま、敵意むき出しの声を私に発し、……にらみつけた。
 ……感情の無い瞳。沙都子が怒っているのは、声色から伺えば一目瞭然なのに。……瞳からは、それがまったく認知できない。
 
 ……あぁ、そっか。
 
 ……電話の向こうでも、あなたは……ずっと泣いてたんだったよね。
 毎晩、毎晩。毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩、毎晩毎晩毎晩……!!!!
 ……嫌な言葉を浴びせられて。心を何度も傷つけられて。

 ……だから。

 ……泣くこと意外を……忘れちゃったんだね……?

 笑う事も、寂しいって思う事も、……怒る事さえも。
 だから、怒れない。声色だけで虚勢をふるっても、怒り方を忘れてるから、まったく怒っているように見えない。

 ……それは、つまり。悲しみ以外の感情を、奪われちゃったって事。
 喜べない。嬉しく思えない。怒れない。……悲しむ事しか、許されない。
 それは、とても辛くて……とても……悲しい……。

 悲しみが悲しみを呼んで、涙になって流れていく。
 ……それでも、傷は癒える事なく……広がるばかり……。

 ……沙都子は、全部……奪われちゃったんだ……。

 ……なら……、駄目だ。
 もう、沙都子から何かを奪っちゃ駄目なんだ。
 与えなきゃ。失ったものを、返してあげなくちゃ。
 ……私が。……沙都子に。

 ……私は、沙都子をぎゅっと……抱きしめた。優しく……優しく……ぎゅっ……って……。
 ……でも、やっぱりその行為が気に入らないようで、罵声を浴びせられた。引っぱたかれたし、髪も乱雑に引っ張られた。 
 ……違う。こんなの……沙都子じゃない。
 私は、本当の沙都子を知らない。だから、私の考えになんて、信憑性なんてカケラもないわけだけど。
 ……でも、断言できた。目の前の沙都子は、やっぱり……本来の沙都子じゃない。
 追い詰められて、追い詰められて……擦り切れる寸前の、沙都子なんだ。

 ……擦り切れちゃったら、もう……本当の沙都子を、見る事はできなくなっちゃう。
 それは、絶対に嫌だった。悟史君の為でも、勿論あった。……でも、私自身が……本当の沙都子と、手をつないで歩きたいって……そう、思っちゃうの……。

 ……だから。
 何を言われても、何をされても、私は沙都子を離さない。ぎゅっと、抱きしめて、堪え続ける。
 ……だって。沙都子は……忘れちゃってるんだもの。

「……ねぇ、沙都子」
「離してくださいまし!!! この……このっ……!!」

「……暖かい?」
「――っ」

 沙都子の手がぴたりと止まって、罵声も止んだ。

「……人ってね? とっても、暖かいものなんだよ? ……沙都子、それ……ちゃんと感じてますか……?」
「……うっ……っ……く……」
「……ね? ……ちゃんと、温もりが……あるでしょ……?」
「う……うぅぅ……うわぁぁあんっ……!! ……っく、ぅう……ふあぁぁあぁあん……!!!!」
「……頑張ったんだね……。……偉いよ、沙都子……」

 ……今まで溜め込んでいたものを、一気に吐き出すように。
 ……沙都子は、泣き始めた。

 回りの人が、皆見てる。

 ……誰だ、五月蝿いな。
 何だ何だ。……まったく、人の店の前で……。
 ……何だ、誰かと思ったら北条の娘じゃないか。
 まったく。……迷惑だ。
 ……迷惑だ。迷惑だ。迷惑だ。

 ……皆が、好き勝手な事を言っていた。
 ……沙都子は、更に泣き声を張り上げる。
 ……悔しいの? ……大丈夫だよ。私が、傍に居てあげるから。
 悟史君と一緒に、あなたを護ってあげるからね? ……だから、安心して……。
 ……沙都子は、わんわん泣いた。悲しいのだろう。悔しいのだろう。
 何も出来なかった自分が。……何も出来ない自分が。
 でも、それは過去の話なんだ。一分前の話であっても、それは間違いなく過去なのだ。
 ……前を見よう、沙都子。

 未来には、可能性が無限大に広がっているんだよ?
 でも、過去にとらわれたままだと、その可能性は狭まっちゃう。
 ……ほら、顔を上げて。……涙を拭いて。

 ……見える……?

 ……ほら、そこには。


 幸せな日々が、待ってるんだよ。

 








「五月蝿いよっ!!!!」


 突然、耳を突く大きな声が、傍で発せられた。
 ……レナだ。彼女が、辺りを一喝したのだ。
「……レナ……」
 レナの傍には、魅音も居た。……どうやら、私達の様子を見つめていたようだ。

 レナの声に、辺りは一斉に静かになった。
 ……もう、雑音は聞こえない。

 私は、沙都子の頭を撫でながら、静かに放してあげた。
 レナは表情を緩やかにして、私達のもとへ歩いてくる。
「……傍で、聞かせてもらったよ。詩ぃちゃん……だね? 初めまして」
「……あはは、レナさんと合うのは、二度目ですけどね」
「……! ……あぁ、あの……雨の日だね。あの時の魅ぃちゃん、何か違うなー、って思ったから」

 ……鋭い。
 あの時も思ったけど、この子には嘘はつかない方がいい。
 何でも見通してる、っていうわけじゃ無いんだけど、その鋭さから、洞察力が半端ないというのが分かる。
 負い目があれば、それを的確に察知するんだ。
 ……彼女は、そういう能力があるのだろう。

 ……でも、微笑んでいる時の彼女に対しては、安心感が持てた。
 何故かは分からないけど、あの時とは、感じるイメージが明らかに違っていたのだ。 

「……詩ぃちゃん。ありがとうね」
「……え……?」

 そう言うと、レナは沙都子に近づいて、さらに表情をやんわりとさせた。
「……沙都子ちゃん。……人って、あったかいでしょ?」
 ……優しい声だった。
 全てを理解した上で、沙都子の為だけに発せられた、とても……柔らかな声。
 沙都子も、レナの声に安心したのか、泣くのを止めて顔を見せた。
 泣きじゃくっていたから、赤くなっていたけど。……でも、その瞳には……少しだけ、光が灯されていた。
 
 沙都子はレナを見上げて、黙ってうなずいた。

「……やれやれ。まさかあんたがこんな所に来るとはねぇー」
 それから、安堵の表情を浮かべながら魅音もこちらへ歩いてきた。
「あら、私がここに来ちゃいけないんですか? お姉」 
「んにゃ。全然オッケーだよ」
「……そりゃどうも」
「……ありがとね、詩音」
 魅音は、私の耳もとで小さくそう言った。
「……」

「……詩ぃ。ボクからもお礼を言うのです」
 ……次は梨花ちゃまですか。
 あーもー、私はお礼言われたくてやったわけじゃないんですー!
「……別に、こんなの……当然ですよ」
「……みぃ☆」
 梨花ちゃまはにぱ〜☆と笑って、とてとてと沙都子の方へと歩いていく。
 ……って、言った後で思ったけどこっ恥ずかしい台詞ですねー……。

「沙都子、よかったですね。ねーねーが出来たのですよ」
「……詩音……ねーねー……」

 ……空気が、固まった。
 ……詩音、ねーねー。……ねーねー。……ねーねー……。
「はぅ〜ん、沙都子ぉ〜!!」
 そのまま、私はまたぎゅーーーーーっと沙都子を抱きしめた。
 ……なんでだろう、そう……言ってもらえるのが、嬉しかった。
 ずっと、一人だったから。
 ……ねーねー何て、言ってもらう事が……こんなにも嬉しいとは思わなかった事への、照れ隠しなのかもしれない。
 それは、結局私自身にも分からなかったのだけれど。
 ……今は、沙都子を抱きしめて、頭を撫でてあげたかった……。



「よーし! んじゃー詩音も混ぜて五凶爆闘と行きますかー!」
「「「「 おーーー!!! 」」」」

 ……それからは、夢のようだった。
 最初は、こんな事になるなんて思ってなかった。
 ただ、私に出来る事をしなくちゃ……って思って、何をしようと決めていたわけでもなく、ただただ雛見沢に来ただけだった。
 それが、まさか……お祭りを遊び倒す事になっちゃうなんてね……。

 ……あはは、大どんでん返しですね。
 友達らしい友達も居なかったから。
 ……余計に、この時間は……楽しく思えた。

 
 ……それから、しばらくして……ふと、思う。
 これも、一つの幸せの形なんだ。
 自分で言うのも何だけど、私は幸せになろうって思って、ここへやって来て、……結果、こうなった。
 頑張った結果……って言っても実感はないけれど、きっと……「努力の量=手に入れられる幸せ」の方程式から来るものなのだろう。
 なら、もっと私が努力したのなら……悟史君も、救える……?
 ……きっと……ううん、絶対。……救い出せる……はず……! 
 そうだ。圭ちゃん……! 今頃、きっと悟史君の為に頑張ってるはずだ……!!

 ……沙都子は……もう、心配ないだろう。
 今ではすっかり笑顔になってくれているし、何より……これから先、沙都子の身は私も護る。絶対に、悲しい思いなんてさせない。
 圭ちゃん、沙都子も救い出すって言ってたから、怒るかな。
 ……いや、圭ちゃんも……きっと、「ありがとう」って言うんだろうな。

 皆が、そうだったように。
 圭ちゃんも、紛れも無い……私達の仲間なのだから……。


「おーい!!」
「むぅーー!」

「……あ」


「にーにー……!」
「おー、圭ちゃんも居るじゃない! ひっさしぶりだねぇー!」
「うーす。久しぶりだな魅音ー!」
「沙都子ー」

 ……何て言うか、タイミングのいい時に来ること……。
 本当、偶然とは思えませんね……。

「にーにー、今日のバイトはもう終わったんですの?」
「え……? あ、う……うん。……もう、終わったから。大丈夫だよ」
「それじゃ、皆と遊びましょう! 楽しいですわよー!」

 ……沙都子もすっかり元気になって……。
 ……なんて言うか。……ほーんと、来てよかったですねぇ……。

「皆も、一年ぶりだな。……っと……」
 圭ちゃんが、レナさんを見て言葉を詰まらせた。
「あー、圭ちゃん、こっちは……」
 それを見た魅音が、掌をレナへと向けて、圭ちゃんにレナを紹介しようとする。
「いや、いい。竜宮レナ……だろ? 前原圭一だ。……よろしくな!」
 ……だが、圭ちゃんの口から出たのは以外な言葉だった。
 ……レナさんは今年引っ越してきたはずだから……圭ちゃんは知らないはずなのに。
「え、どうしてレナの名前知ってるのかな? かな?」
 レナさんはもっともな疑問を圭ちゃんにぶつけるが、
「……何と言うか、一目見たら思い出した」
 返ってきた答えは、答えになってなかった。
「思い出した……??」
「みぃ、圭一はレナの事は既に知っていたのですよ」
「それってどういう……」
「にぱ〜☆」

 梨花ちゃまは笑ってそれを誤魔化した。

 ……それにしても、あっちもこっちも談笑に花咲かせてますねー。
 すっかり置いてけぼり食らった感じですよ。
 皆さん本当に仲いい事でー……。
 ……っと、なにやら梨花ちゃま達と話してた圭ちゃんがこっちに来ますね。何の用だろう?

「……おい詩音、お前……どんな魔法使ったんだ……?」
 第一声がそれですか。
 事情を知らない人が聞いたら電波さんかと思われますよー、圭ちゃん。
「魔法? 何の事ですかぁ?」
 とりあえず、私は視線を泳がせてとぼけてみた。
「とぼけるんじゃねぇ! 古手さんから話は聞いたぞ。凄いじゃねぇか!」
「んー、私にゃ実感ないわけですけどねぇ」
 気づいたら身体が動いてて、気づいたら沙都子が笑ってた……そんなところですかね。
 あっという間な感じだったし、私、本当に大した事してないですよ?
「あ、そうだ。詩音」
「はいはい?」

「ありがとうな」

「……」

 ……やっぱり……言いますか……。
 ……朱も交われば……ってやつですかね……。
 ……大切にしたいって……思う人……。……一気に……増えちゃいました……。


「……あれ……? 魅音が……二人……??」
 沙都子の相手を終えてこっちに来た悟史君が、私と魅音を見ながら声を漏らした。
「……っと、まだ言ってなかったな、そういや」
「悟史は知らなかったんだっけ。こっちは、詩音! 私の妹だよ」
「妹……? ……妹……」
「どしたよ、悟史?」 
「……あぁ……そういう事か……」
 魅音から、私の紹介が終わると、悟史君は何か……納得したようなしぐさをした。
 一体どうしたっていうのだろう。
「いや、最近よく魅音に会ってたんだけど、目の前に居るのは魅音のはずなのに……魅音じゃないような、そんなおかしな感覚があったんだ。……あれは、詩音だったんだね。納得したよ」
「あ……」
 ……それを聞いて、急に顔が真っ赤になる……。
 ……悟史君、気づいて……くれてたんだ……。
「みぃ、詩ぃは真っ赤のタコさんなのですよ☆」
「本当ですわ! ねーねー真っ赤ですの〜!」
「あ……いえ、これは……!」

「ねーねー……? ……そっか……。……詩音が……」

 うぅう、こういう時って小さな子には悪気というものが無い分タチが悪いです……!
 ……いや……この二人ならあってもおかしくはなさそうですけど。
 ……いやいや、今は顔を元に――はわっ!?
 いきなり、頭の上に……悟史君の手がっ……!!

「……そっか。詩音は、沙都子のねーねーなんだね。……嬉しいよ、詩音」

 て……てて天然なのか素で言ってる事の意味分かってないのかどっちですかーー!!?
「みぃ、ハナからそれ以外にあり得ないと思ってるのです。と言うかどっちも似た意味だと思うのです」
「んー、事実だしなぁ」
「悟史の場合天然だね、うん。他意は絶対無い」
「はぅ〜、真っ赤になってる詩ぃちゃんかぁいいよ〜☆」
 

 わわわ、余計に赤くなっちゃうよ〜……!

「お……お姉! 五凶爆闘……でしたっけ!? 続きやりましょう、続き!!」
 本当はもっと撫でてもらいたいんだけど、何せ皆が見てると恥ずかしいばっかりだ。
 私はいつまで経っても真っ赤なままな顔を早く元に戻すため、魅音に続きを要望する。
「ちっちっちっち。甘いね詩音。綿流し祭五凶爆闘は! たった今から!!」

「「「「 綿流し祭七凶爆闘ーー!!!! 」」」」
「に進化したのさっ!!」

 私以外の全員が声をそろえて、ついでに一斉に腕を空へと振り上げた。

「お……お手柔らかに頼むね」
「負けないんだよー!」
「おーっほっほっほ! 皆さんに罰ゲームを味あわせてさしあげますわー!」
「絶対に負けないぜ!!」

 ……さてさて、いつものテンションに戻ってきたところで……。

「私も本気でいきますからねーっ!!」
「よーしっ! んじゃ、改めてっ! 綿流し七凶爆闘!! 開催ーーー!!!!」


「「「「「「 おおおおおおおっ!!!! 」」」」」」




 *     *     *

 雛見沢村、某所。
 そこには、警察官が大勢おり、パトカーは赤い回転灯をまわしていた。
 夜もすっかり深くなり、丑三つ時をそろそろ迎える頃である。 

「……どうっすか、大石さん」
「……んー、こりゃ十中八九恨みの犯行みたいですねぇ……」
 そこには、殴り倒された遺体と、その上に被されたシートをめくって、状態を確認している刑事が二人。
「やっぱり……ですか。ここまで殴ってりゃ他には思いつきませんけどね……」
 
 大石は、被害者にビニールシートを再びかぶせた。
 それから、重い足取りで自分の車へと向かう。
 
「もしもーし。大石です……。はい。……えー、今回の事件ですが」

 そして、無線をつないで興宮署へと連絡する。
 連絡先の相手は、大石の部下のようだ。

「容疑者は北条悟史」

 淡々とした口調で、大石は言った。

「繰り返します。容疑者は北条悟史。……以後、彼を徹底的にマークしてください」


 昭和57年の、綿流し祭の晩。
 ……夜は、さらに深くなっていく……。

 *     *     *






 TIPSを入手しました。

 ■梨花のノート
 ■ノートの1ページ目
 ■北条悟史の誓い
 ■古手梨花の戦い









 ■梨花のノート■


 
 ……今日、カレンダーを見て思った。
 昭和57年……六月。
 もう、綿流しまで二日しか無いというのに、圭一がやってこない。
 ……まさか、このまま来ないとか言うんじゃないでしょうね?
 ……羽入は、「あぅあぅ、大丈夫なのです」とか言ってたけど、……何だか不安になってきた……。
 これから祭具殿の前で圭一を待つ事にしようかな……。





 ■ノートの1ページ目■

 圭一がようやくこの時代にやってきた。
 羽入が「梨花はせっかちすぎるのです」とか言ってたのでキムチをワインと一緒に食べてやった。
 祟ってやる、祟ってやると連呼していたが無視した。
 
 ……さて、圭一がやってきたところで、私は圭一に今年起こる事を洗いざらい、全てを話した。
 私がこのノートの最後のページにまとめた事を中心に、悟史や沙都子の事、雛見沢症候群や、山狗、鷹野に入江の事も全部だ。
 圭一は以外そうな顔をしていたが、私はそれらが事実だという事を圭一に言い聞かせた。
 ……これが、何かの役に立てばいいのだけれど。
 願わずにはいられない。


 
 ■北条悟史の誓い■

 
 ……ついさっき、圭一が家へと入ってきた。
 ……彼は叫んでいた。こっちへ来いと。……俺と、一緒に来いと。
 ……でも、駄目なんだよ、圭一。
 これは……僕自身がやらなければならない事なんだ。
 圭一を巻き込みたくない。

 ……その時だった。
 窓の外から、圭一の声が聞こえてきた。
 ……何を言っているのか、よく分からない。僕は、窓へと近寄って、鍵を開錠し、そのまま開けた。
 
「聞こえるかぁああ!!! 悟史!!! 沙都子ぉお!!! 必ず……必ず救い出してやるからなぁあああ!!!!!」

 ……突然、圭一の大きな声がこちらへ届いた。
 僕は驚いたけど、叫んでいる圭一が……涙を流していたのが見えた。
 ……そしたら……驚きなんて……消えうせた。
 代わりに……別の感情がわきあがってきたんだ。

 ……ありがとうね、圭一。
 必ず……やり遂げるから。


 ■古手梨花の戦い■

 ……圭一はもう動いている。
 私は、私に出来る事をしよう。……彼が、運命に戦ってくれているように、私もまた……舞台に足を踏み入れたのだから。
 ……そうね。

 ……まずは……あの人と接触してみましょうか……。



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