俺は今、大石さんの車の中で道を案内していた。走って監督を追いかけたときは無我夢中だったが、車を追いかけるために眼を
少しの間使っていたので、道順はしっかり覚えていた。 だから、案内としての役割を果たすことが出来たのだ。

「・・・おや・・?前原さん、あれですかな?」

そうしていると、さっき俺が詩音と建物を見ていたところへ来た。間違いない。ここだ・・・。

「はい。ここで間違いありません。・・犬飼寿樹君・・でしたよね・・?おそらく、あそこに居ます。さっき入江先生と会ったのですが、その時診察を依頼されたと言っていました。犬飼君だと思います」
「おや?前原さんは私達の仕事内容をご存知でしたか。それは、・・・まぁ、今となっては都合がいい。そういう事です」
やはり、大石さん達の極秘扱いされている任務ってのは、大臣の孫誘拐事件の事だったのか・・。
と、なると俺達はとんでもない事に首を突っ込んでしまったという事だ。
・・詩音・・・助けた後は覚悟してろよ、畜生・・・。

「大石さん。・・もう徒歩で近づいた方がいいでしょう。相手側に気づかれます」
相変わらずの顔つきで赤坂さんが言った。・・この人、本当にあの赤坂さんなのか・・?
「そうですねぇ・・。では、車を降りましょう。まずは静かに接近します」
「・・よし・・・。落ち着け・・・落ち着け・・・」


そして、俺達は車を降りて連中の居る建物付近へと近づき、耳をすませた。
・・だが、何も聞こえない。 ・・詩音も犬飼君も・・口をふさがれているのか・・? 声がまったくしない・・。

「しょうがないですね・・。まずは私が様子を見に行きます。なぁに、偵察に行くだけですよ。
 ・・化けの皮をはがして来ますんで、その時はよろしくお願いしますよ?・・んっふっふっふ・・・!」
「分かりました。くれぐれもお気をつけください」
赤坂さんがすかさず返事をし、そして顔つきをさらに険しくした。 ・・・そんなに・・ヤバイのか・・・?
何にせよ、俺も戦場に上るんだ・・。死ぬ気でかからないと・・・命がないな・・。


そして、大石さんは建物の方向へ消えていった。
無事に生き残れることを祈るしかないな・・・。警察ってのはこんなヤバイ現場を何度も経験するのか・・。
見習わなきゃな・・。

「・・赤坂さん、お久しぶりです」
「久しぶりだね。圭一君」
赤坂さんとは梨花ちゃんと散歩に行ったとき以来だ。
まさかこんなかたちで再開するとは思ってなかった。
「東京・・帰らなかったんですか?」
「うん。・・何もせずに帰ってしまうと・・それこそ雪絵に嫌われてしまう気がしてね」
「・・そうですか。 ・・赤坂さん。一応、伝えておく事があります」
「何だい?」

朝、俺が梨花ちゃんから預かった伝言だ。いつものように庭掃除をしていると、なにやら深刻な顔をして梨花ちゃんがこちらに来た。
そして、こう言ったのだ。
「圭一。・・伝言を預かってもらってもいいですか?」
「ん? 何だ?」
「赤坂に会ったら、伝えておいてほしいのです。今日中に、必ず雪絵に電話をしろ・・と。あと、仕事が終わったらすぐに東京へ帰るよう言っておいてほしいのです」
「・・・?分かった。 もし会ったら伝えておくよ」
「みー☆よろしくお願いしますです」



「って事なんですよ。まさか、本当に赤坂さんと出会うなんて思いもしませんでしたけど」
俺は朝梨花ちゃんとした会話をそっくりそのまま赤坂さんに伝えた。
赤坂さんは少し動揺していたようだが、すぐに顔つきを元に戻し、
「分かった。今日中に必ず電話を入れよう。仕事が終わったらすぐに東京にも帰ることにするよ」
「協力しますよ赤坂さん。これでも、結構使えるほうですよ?俺」
「そうか。期待しているよ」



「・・・。圭一・・・今回、あなたは誰でもかまわずに救うようね・・。面白いわ・・」




「・・ん・・?今、何か聞こえませんでしたか?」
「・・いや・・?私は特別・・何も聞いていないが・・」
変だなぁ・・確かに何か聞こえたんだが・・それに・・誰かの視線も感じるぞ・・?
一体何なんだよ一体・・・。



バリン!!



ガラスが割れる音がしたと思うと、犯人と思われる奴が逃げていくのが分かった。
あろう事かすっかり話し込んでしまい、反応が少し遅れてしまった。

「赤坂さーん!前原さーん!そっちはお願いしますー!!」

「いくよ!圭一君!」
「はい!」


鬼ごっこの始まりだ。犯人が逃げ、俺達が追いかける。・・いたって単純な、鬼ごっこ。
ぺた ぺた ぺた ぺた
「畜生・・結構速いな・・!ちっとも追いつけない・・!」
ぺた ぺた ぺた ぺた
奴の足はかなり速い。それこそ、普通に走っていたのではいつまでたっても追いつけはしないだろう。
それに、スタミナ的に言えば俺は間違いなくこの中で劣っている。
一気に勝負をつける必要があったのだ。

「赤坂さん!俺が奴の前に回りこんで、一撃加えてきますんで、手錠の方、よろしくお願いしますね!」
「えっ・・!?圭一君!?何を・・!」

俺はバットを強く握り締め、体内の力を集中させた。









ヒュッ



ドゴッ!!



「が・・・ふ・・・っ・・!?」
「へっ・・!どうだ!赤坂さん!」
「分かった!」

これで鬼ごっこは終わり・・!後はこいつから詩音の居場所を吐かせるだけだ!

「ナメるんじゃねーっ!!!」
「なっ・・!?」


奴が懐に手を入れて、何かを出した。
俺は・・出てきたそれに恐怖を覚えて・・奴の狙った先にいる存在から銃口を別の方向へ向けるという作業を・・怠った。



















バン!!










赤坂さんの肩が・・打ち抜かれた。銃声が響き、あたりは鳥がはばたき騒がしくなる。
俺は何が起こったのかよく理解できなかった。
理解したくなかったんだ。 ・・自分がさっき、銃口を別の方向へ向けていれば、赤坂さんは打ち抜かれる事などなかったのだから。

「次は貴様だ小僧!!」
「圭一君!!」




バン!!



再び・・銃声が響き、あたりをより一層騒がしくした。
鳥がはばたき、羽が落ちてくる。そしてその羽は、・・風を受けて再び空へ舞い上がった。









「遅い」



「なっ!?」
気づいたときにはもう遅い。俺はバットで・・奴の腹を思い切り・・突いた。
殴るよりは一点集中の突きの方がダメージを与えられるかと思ったからだ。・・これ以上赤坂さんに銃口を向けれたくない。
「がっ・・!!」
「ハァ・・・ハァ・・・どう・・だ・・!赤坂さんの・・仕返しだ・・・ ・・そして!!!」


ドゴッ!!



「こいつが・・詩音の分だ。・・さあ言え!詩音はどこにいる!?」
「・・言うもんか・・」
「早く言え・・・。そんなに・・あの世に行きたいか?」
「・・!!! わ・・分かった!!! 教える!!」
にらみつけた。ただ、それだけだ。あの眼で、思いっきりにらみつけた。
場所を言わなければ本当に今の俺は何をするか分からなかった。・・・自分が防ぐことの出来なかった愚かさと、元凶であるこいつへの怒りが俺の理性を吹き飛ばそうとしていた。
「俺が逃げだした時にいた建物の中だ!その部屋の右側にある机の下に階段がある・・!それを降りればすぐだ!!」
「・・分かった。 ・・・動くんじゃ・・ないぞ・・?」
「・・・分かった・・・。もう・・動く気力すらねぇよ・・」

俺は奴にトドメをさしてから赤坂さんの下へ向かった。
出血がひどいはずだ・・!ほっておくと死んでしまう・・!

「赤坂さん!! 大丈夫ですか!?」
「あ・・ああ・・。何とか・・ね・・」

俺は来ていたシャツを破り、赤坂さんの傷口を縛って止血しようとした。・・だが・・・、鬼ごっこをしているうちに汗まみれになってしまい、とても傷口に触れさせていいものではない。
こんなものを傷口に当てれば、よけいに悪くなってしまうだろう。
「・・くそっ・・!!何か・・何かないのか!?・・何か・・・ ・・・!!」
何かないものかと、俺はポケットの中に手を入れた。 ・・何かが・・当たった。

「・・・魅音・・・・」

魅音にもらった・・・ハンカチ。

「・・ごめんな・・魅音・・・・」

俺はハンカチで赤坂さんの傷口を縛り、止血した。・・ちょうどいい長さで、縛るのにも苦労しなかった。
「・・ありがとう・・・。・・袋の中から出していたけど・・何か・・プレゼントかなにかじゃなかったのかい・・?」
「ええ・・。魅音には・・悪いですけど、やっぱり出血している人を目の前にしたら、これしかないな・・って思いました。
 ・・それに、今あなたが倒れてしまったら、雪絵さんはどうなるんですか・・・。電話・・必ずするんですよ?」
「・・・ありがとう・・・」

俺は赤坂さんから手錠を受け取り、座っていた犯人の手にそれを着けた。
「よう、坊主」
「・・なんだ?」
「詩音・・とか言ってたな。そいつ、‘圭ちゃんは必ず来てくれる’って何度も言ってたぞ・・。早く・・行ってやれ」
「・・ああ」
「それと・・あのもう一人の刑事だが・・早く行ってやったほうがいいぞ。おそらく銃を持った奴を五人相手にしているはずだ」

・・・!? 何だって・・!?!拳銃を持った奴を五人も相手にしているっていうのか!?
無茶だ!!そんなの・・大石さんが殺されてしまう!! ・・畜生っ!!!

「赤坂さん!!申し訳ありませんが、そいつをよろしくお願いします!!!」
「・・分かった・・!」


「大石さんめ・・!!あんたバカだ!!おおバカだ!!五人を相手に、しかも銃まで持っているだと・・!?
あんたほどの人なら、かなわない事くらいすぐに分かるだろうが・・!!」
「圭一君!」
「何ですか!!」

「・・かなわないと分かっていても・・・それでも、私達は戦わなくちゃいけないんだ。
 命を張って皆の笑顔を守る。 ・・・それが、警察というものなんだよ。・・大石さんは、その事をよく知っている。
 だから、逃げなかったんだ。 相手がどんな奴だろうと、あの人は逃げない。・・だから・・」

「・・。」
「大石さんを・・助けてあげたくれないか?」


「分かりました!!!」


・・・警察の・・誇り・・プライドみたいなもの・・か。
・・・・逃げるわけにはいかない・・。
そんなの・・俺だって同じだ!!!
絶対に逃げない!背を向けるもんか!!前だけを向いて走ってやる!!たとえ体が砕けても!!!絶対に死なせはしないぞ・・!!大石さん!!!





「よう、刑事さん。・・すまなかったな」
「・・まったくだ。おかげで彼はせっかくのプレゼントを血で汚してしまったんだぞ?」
「・・あいつ・・強いな・・。今時珍しいよ」
「・・そうだな・・。圭一君は・・強いよ」

























ドスッ!







「ぐっ・・!!」
「いきがるのもいいが・・一人で来たのは無謀だったな。・・他にも仲間がいたようだが、それすら呼ばず・・何を考えている?」
「んっふっふ・・!別に考えなどありませんよ。・・私はまだ死にたくはないんでねぇ・・。それなりに抵抗させてもらいますよ!!」
「何っ!?」

そう言うと、大石は犯人の腕を掴み、そのまま地面にたたきつけた。
「んっふっふっふ・・!丸腰だからといって油断するのはよくありませんねぇ・・・!!」

「ヤロウ・・!!」

他の奴が銃口を大石に向け、引き金を引こうとした。
だが、大石もそのくらいは予想していた。
「おっと!撃つのは勝手ですが、傷つくのはお仲間さんですよぅ?んっふっふっふ・・!」

「畜生・・・・離・・せ・・」












バン








「・・ぐあっ・・!!」
「・・・・なっ・・!?」





バン  バン  バン  バン 



犯人のグループは次々と引き金を引いていった。・・まったくのためらいも見せずに。
時が刻まれるごとに、大石に大量の返り血が降り注いでいった。
・・・すでに息はないようだ。・・大石に怪我は無い。
「何て奴らだ・・!仲間を・・殺しやがった・・!!」
その時・・動揺を隠せなかった大石の足元が、ぐらついた。


「・・・ぐっ・・・!!」


その後、足にするどい痛み。銃弾が足をかすったようだ。
「かすっただけとはいえ、かなり痛みますねぇ・・。立っている事が・・出来ない・・。」
大石は思った。・・・もう・・駄目だ・・と・・・・。


「地獄へ行きな。・・・・オッサン・・!!!」
「・・ここまでか・・!!」



犯人達が・・引き金に手をかけた。

























「いいや!!まだだぜ 大石さん!!!」









ドサッ

引き金を引こうとしていた犯人が倒れた。
横っ腹に・・・金属バットがめり込んでいた。

「・・・前原・・さん・・・」


「うらああああ!!!」




 ドゴッ!!  ドスッ!!






次々に圭一は犯人達をバットで殴り倒していく。突然現れたその存在に、犯人達は対応が遅れたのだ。


「ガキがあああ!!*ねぇええ!!」
「いっ・・!?」


再び、引き金に手がかけらた。
























「私を忘れてもらっちゃ困りますねぇ!!」
















ドサッ!!








背負い投げ、一本。圭一に向けられていた腕を掴み、そのまま投げ飛ばした。その後、圭一がバットで殴り、撃沈。


「ナイス!大石さん!」
「はぁー・・まったく、命が縮みましたね。正直前原さんが来てくれなかったら、どうなっていたことやら・・」
「大石さんらしくないですよ? 大石さんと赤坂さんは立派に犯人を逮捕したんですよ」
「その様子ですと、向こうもうまくいったようですねぇ。いやぁ、よかったよかった」

その後、気絶している犯人達に手錠をかけ、車に乗せていった。
仲間に撃たれた奴は、その後墓を作り、その中で眠っているという。






「よし。 これで全員ですね」
「本当に、圭一君がいてくれて助かったよ。まさか犯人が拳銃を持っているとは思わなかった。・・あのままでは二人ともこの世にはいられなかっただろう」
「まったくですねぇ・・。私ももう年でしょうか?んっふっふっふ」
「こっちこそ、お礼を言いたいです。あなた達がいなければ、詩音を助け出せませんでした。俺も、こいつらが拳銃なんか持っているとは思いませんでしたから」

「犬飼寿樹君も無事保護できました。これで一件落着ですね。 これで私は雪絵の元へ帰れる・・」
「赤坂さん、電話してあげてくださいね。きっと待ってますよ」
「そうさせてもらうよ。大石さん、署に帰ったら電話をお借りしていいですか?」
「いいですよ。あなたは立派に仕事をこなしたんですからねぇ。んっふっふ」

「圭ちゃぁぁんっ!!ふああん!」
「おいおい・・泣くんじゃねえよ・・。もう大丈夫だって」

はあ・・・どうも泣かれるのは嫌なんだよなぁ・・。
なんとか泣き止んでほしいものだが・・・。

「詩音!?」



「お・・お姉・・」
「魅音・・」

そこには、魅音がいた。おいおい、今日は会議がどうとか言ってなかったか?
そのために詩音と変わってもらったんじゃなかったか?
















「バカーっ!!」




ピシッ!








鋭い音が響いた。魅音が、詩音の頬をひっぱたいたのだ。




「お・・お姉!?何を

「バカっ・・・!心配・・かけて・・・!」
「お・・お姉・・?」
「葛西さんから聞いたよ。・・詩音が・・やばそうな所に行ってしまったって・・」
「葛西が・・・ってお姉!!会議はどうしたんですか!?それがあるから私わざわざ変わってあげたんですよ!?」





「そんなのどうだっていいよ!!!」





魅音は、詩音を抱きしめた。
・・・。どうやら・・・。

「お・・姉・・?」
「詩音・・あんた、自分の命をなんだと思ってるの・・?こんな危険な所にどうして来たの!!死んじゃうかもしれないんだよ・・?あんたが死んじゃったら・・残された人たちはどうなるのっ!?」
「わ・・私は・・詩音・・なんですよ・・?私なんて・・」
「あんたがいなくなったら!!! お母さん悲しむよ?お父さんだって悲しむよ・・?皆・・皆悲しむんだよ!?婆っちゃだって悲しむ!! 私だって・・とっても・・とっても悲しむよ!!」
「・・・」
「私達、双子でしょ・・?姉妹でしょ・・?だから・・だから、つらい事も楽しい事も一緒に経験していこうって約束したじゃない!!」
「お姉・・」
「つらいんなら私に話して・・!相談してよ・・!私だって・・詩音の気持ち・・知りたいよ・・分かちあいたいの・・!
 何も出来ずに・・詩音とさよならなんて・・そんなの絶対に嫌だ・・!!」
「でも・・でも・・私は・・私は詩音です・・・お姉みたいに時期頭首として役にたったりもしないんですよ・・・?」
「役に立つかたたないかが問題じゃないの!!いてくれることが大切なの・・!!たった一人の姉妹なんだから・・。いなくなんてならないで・・!!」
「じゃ・・じゃあ・・私・・いてもいいんですか・・?迷惑かけちゃいますよ・・?お姉にだってちょっかい出しちゃいますよ・・?それでも・・いいんですか・・?」
「当たり前でしょ・・っ!!いなくていい・・なんて事はないの・・!詩音がいなかったら、今の私だってないの・・・!だから、詩音にはすっごく感謝してるんだよ・・?








私には・・・詩音が必要なの・・!!」








「お・・お姉・・ふぁ・・ふあああんっ・・!!お姉ーっ・・!!」
「ね・・?帰ろう・・。私達の・・家にさ・・。皆待ってるよ。私達の家族が、待ってるんだからね・・!」














「魅音。 ・・気づかせてやってくれて・・ありがとうな」
「うん。 ・・・私からも礼を言うよ。・・詩音を・・助けてくれて、ありがとうね・・」






魅音は静かに手を振って、その場を去った。











・・・詩音。気づいたか?
お前を必要としてくれている人は、沢山いるんだ。
・・・気づいていなかっただけなんだよ。
・・気づけて・・・よかったな・・・・。





















「ふふ・・。やっぱり面白いわ。五年後・・大丈夫かしらね・・」

クスクス笑いながら、梨花は消えていった。















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