「前原さん。お体の方はどうですか?」
「ええ。大丈夫です。充分睡眠を取りましたし、痛みももうないです」
「そうですか。順調に回復しているようですね」
 ここは入江診療所だ。
 先日俺は、‘眼’の一日三回発動という無茶をしてしまったせいで、体中が痛みだし、その場に倒れてしまった。
 文字通り、俺の身体はもうボロボロだったのだ。今、こうして生きているのが不思議なくらいに疲労し、そして限界が近かった。
 それほどに体力と精神力を削る物なのだ。この‘眼’というものは。

「圭一! おはようございますです」
 聞きなれた声が、俺の病室に響いた。
 普段は古手神社で聞くんだが……退院するまではここで聞くことになりそうだ。
「おはよう梨花ちゃん。今日もありがとうな」
「圭一のためなのです☆」
 梨花ちゃんはあれから毎日、俺のお見舞いに来てくれている。
 沙都子と魅音も時々来るが、二人とも家柄でなかなか外に出せてもらえないらしく、ほとんどは梨花ちゃんと一日を過ごしている。
 ちなみに、梨花ちゃんの両親は今まで消極的だったが、先日から現場へ向かって一緒に反対しているらしい。
 ……まぁ、ダム戦争に消極的だった事実は変わらないから、オヤシロ様の祟りとやらにはあってしまうのだろう……。
 …………悲しい事だ……。

「よし……! じゃあ今日もいっちょうやるか!」
 俺は五年後の嫌な記憶を頭から消し去るために、少し大きめの声で言った。
「みぃ☆」
 梨花ちゃんからも了承を得た俺はトランプを出してシャッフルした。
 梨花ちゃんには俺の相手をしてもらっている。部活メンバーたるもの、いかなる状況でも勝つことを優先しなければならない。
 戻った時のために今もこうして訓練をしているのだ。相手に不足はなし。思う存分やれる。
「今日はシンプルにジジ抜きといくか! 言っとくけど、これは傷なんてない。真剣勝負だ!!」
「負けないのですよ」
 俺はトランプを一枚一枚、梨花ちゃん・俺・梨花ちゃん・俺 と配っていった。
 ……もちろん、ぬかりはない。
 トランプの数は13×4=52からジジを一枚抜いて51枚。
 最初に梨花ちゃんから配れば、俺のカードは一枚少なくなるのだ。悪く思うなよ、梨花ちゃん。
 勝つためには努力を怠らない!! これこそ我が部のポリシーだ!!
「……みぃ。ボクが圭一より一枚多くスタートなのです」
 やっぱりバレていたか。
 まぁいいや。配り終わった以上もうどうにもならんのだからな。
 

 さて、ジジ抜きではどれがジョーカーの役なのかが分からないようになっている。
 山札から予め一枚抜いているため、そいつを推理する必要があるんだよな。


 それから俺達はジジ抜きのルールに従い、カードを引き、そしてペアを捨てるという作業を繰り返した。
 何度も何度も同じ動作だ。
 二人だから自分の番が回ってくるのも早い。手札も最初はかなりあった。
 時間はあっという間に過ぎていき、……そして、終盤。

 
 俺と梨花ちゃんの壮絶な騙し合いが勃発し、お互いがお互いにペアを作らないように様々な細工をほどこした。
 数えていたらキリがないので、割愛させてもらうが。


「みー☆ ボクの勝ちなのです☆」
「ぐわーっ……!! ま……負けたー!!」
 結局俺は梨花ちゃんに負けてしまった。
 今のところ、成績は6勝7敗。一回負け越している。
 次回、そしてそのまた次回も俺が勝利を飾り、必ず超えてやる……!!




「前原さん。お邪魔してもよろしいでしょうか? んっふっふ」
 俺がひそかにリベンジに燃えていると、扉の外からこれまたある意味聞きなれた声が聞こえてきた。
「どうぞ。入ってください」
 俺は部屋に通すことにした。わざわざ興宮から足を運んでくれたんだからな。
 部屋に入れずに門前払いもどうかと思った。
「んっふっふ……お邪魔します。前原さん。お久しぶりですね」
「ええ。久しぶりですね。大石さん」
「大石。お久しぶりなのです」
 俺達は一通り挨拶を終え、そして大石さんはイスに腰をかけた。
「おや?古手さんもいらしたんですね。聞けば、毎日来ているそうではないですか。いやはや、前原さん。あなたも隅に置けない男ですね〜」
「みぃ☆ 圭一に毎日会うためなのです☆」
「ははは……」
 俺は顔が赤くなっていることに気づき、笑って誤魔化した。危ない危ない。
「そうそう。今日は前原さんにお伝えすることが二つありましてね。それでやってきたんです」
「俺に?」
 どうやら大石さんは俺に伝言か何かがあってここまで来たらしいな。
 ご苦労様……だな。俺への伝言のためにわざわざありがとうございます。一応礼は言っておきますよ。
「一つ目は赤坂さんの事です。あの後、興宮へ戻った後に赤坂さんに電話を貸しましてね。そして彼は雪絵さんに電話をかけたんですよ。
 その時、雪絵さんは屋上へ向かっていたそうです。そこをアナウンスで呼び戻されたというわけです」
「そうですか。……それを伝えにわざわざ?」
「いえいえ。それには続きがありましてね。雪絵さんが電話で赤坂さんとおしゃべりをしている時に、掃除をしに屋上へ向かった人が階段から転落しましてね。大怪我を折ったそうです。
 …………これが何を意味するか分かりますか? つまり……


 あなたは赤坂さんの大切な存在を守ったんですよ。前原さん」

「――!!」

 俺はそれを聞き、梨花ちゃんの方へ視線を向けた。
 梨花ちゃんはほっとしたように息を吐き、そして俺に笑顔を見せてくれた。
「赤坂さんが、あなたにお礼を言いたいといっていました。これが理由その1です」
「……なるほど……。そんな事が……。 ……大石さん。赤坂さんに伝えていてください。‘どうやら忘れているようなのでお伝えいたします。俺に電話をするよう伝えてくれと言ったのは梨花ちゃんですよ’ってね」
「ほう……。古手さんが。それは私からもお礼を言いましょうかね。赤坂さんをつらい目から救ってくれて、ありがとうございます」
「礼には及ばないのですよ。ボクはそう思ったから、圭一にそれを伝えただけなのです」
 梨花ちゃんは自分へのお礼の言葉を、あんな事言っているが受け取り、そしてまた笑顔になった。
 ……やっぱり、梨花ちゃんの笑顔はかわいいと思った。
 
「さて、話を変えますが、第二の理由。言いますよ?」
「……はい。何ですか?」
「麻雀をしましょう」
「……は?」
 えーと……?
 俺はとんでもないことが発表されるのかと思い、ゴクリとつばを飲んだが、そのあまりにも普通な理由に思わず は? と声をもらしてしまった。
「ですから、麻雀をしようじゃありませんか。今夜。おやっさんからいい加減麻雀やりたいから、誘ってくれと頼まれていたんですよ。んっふっふ」
「は……はぁ」

 一応病人なのだが、身体の方も順調だし、今夜辺り病室から抜け出てみるか。
 俺も麻雀が楽しみでないわけではなかった。約束していたのにまったくしていなかったので、俺も忘れかけていたが約束は守らないとな。元々俺が言いだしっぺだし。

 その後、大石さんに地図を渡され……。
「では、私はこれで失礼します。よいお年を。んっふっふ……!」

 そういい残して去っていった。
 部屋には俺と梨花ちゃんとセミの鳴き声だけがが残された。




「圭一、今夜はふぁいと、おーなのです☆」


「おう! 部員である以上は勝ちを狙ってくるぜ!」






 俺はその夜、こっそりと病室を抜け出して大石さんに指定された場所へ向かった。
 地図には詳しく地形が書いてあり、俺はすぐに雀荘へとたどり着いた。













「梨花……?どうしたのですか?」
「いえ。圭一が楽しそうな顔をしていたからね」
 昼間の圭一はとても楽しそうな顔をしていた。
 男友達がまったくいない圭一にとっては、麻雀を多いし達とするのが楽しみなのだろう。
 魅音が該当するかもしれないが、圭一だってそこまで男友達だと思っているわけでもなかろう。
「あぅあぅ……そういえば圭一は今雛見沢には居ないのでした……」
「何言ってるの。明日には帰ってきてるわよ」
 麻雀をしに行っただけなのに、二日三日とかかるわけがない。
 明日もまた圭一に会いに行こうと思った。







 翌日、私は入江診療所へと向かった。
 着いて早々、私は中の様子がおかしい事に気がついた。
「みぃ。何かあったのですか?」
 私はそこでバタバタとしていた入江に話を聞いてみることにした。
「ふ……古手さん……! た、大変です! 前原さんがいなくなりました……!!」

「何ですって!?」

 私はそれを聞くやいなや、足を走らせていた。
 また圭一が居なくなってしまった……! 嫌な予感がする。前に居なくなった時にそうだったから……!!
 これ以上圭一に嫌な思いはさせたくない……!!!




 私は雛見沢を一周してきた。
 村中を探したが、圭一の姿は無かった。
「……梨花……」
 そんな私の姿を見て、羽入が話しかけてきた。気遣ってくれているのだろうけど、今はそれすらイライラにしかならない。
「……何よ……」
 言い出しにくいのか、羽入は口をつぐむ。それとも単に私が怖いだけだろうか。
「……ごめんなさい。私が不機嫌だから言い出しにくいのね? ほら、怒ったりしないから。……言ってくれないかしら?」
「あぅあぅ……。け……圭一は……どこに行ってしまったのでしょう……」
「……分からないわ。また祭具殿の中って事はないだろうし……もう! 世話を焼かすわ……!」
「あぅあぅ……」






 結局、その日は見つからなかった。









 ――――翌日。




「……い。お……。おい、梨花……。おき…くれ」
「ん……んぅ……?」
 朝の日差しが私に降り注ぐ中、私は声を聞いて目を覚ました。
 目の前に居たのは……圭一。
「……圭一……!! ど、どこに行っていたのですか!?」
「まぁ、ちょっとな。それより、来てくれ!! これから、ある事をしようと思うんだが、その現場に梨花ちゃんにも居てほしいんだ」
 圭一は私を起こすなり、何かするから私も来てくれと言う。
 私がどれだけ心配したのか、圭一に言う暇もなかった。


 その後、私達は駆け出し、神社の高台へ行った。
 高台は雛見沢が見渡せる唯一の場所だ。ここで圭一は何をしようというのか。

「ねぇ、圭一。ここで一体何をするの?」
「へへ。こいつを使って……な」

 取り出したのは公由特製の拡声器だった。
 私にはますます分からない。これで一体何を……?




「皆ーっ!! 聞いてくれー!!」


 圭一は突然、拡声器に向かって大声を叩き込んだ。
 拡声器は圭一の大声をさらに大きくし、村中に響き渡らせる。







「雛見沢ダム計画は、今! この瞬間に……撤回されたぞーっ!!!」















        戻る