「どうも!私はこの工事の監督をやってる者です。名前は・・伏せてもよろしいでしょうか?」
「ええ。それはかまいません。・・・えと・・どう呼べばいいでしょうか?」
「・・そうですねぇ・・。「おやっさん」でいいですか?私の親友がそう呼んでいるんで。」
「は・・・はぁ・・。」

おやっさん・・。


「まずはお礼を言わなきゃいけませんね。外の連中を黙らせてくれてありがとう。」
「いえいえ。話を聞いてもらうのですから、これくらいは当然ですよ。」

俺は同時に頭を下げた。
・・おやっさんに下げたのではない。 マイクに向かって魅音に語りかけるのに、相手側に俺の口が動いているのを見られると何らかのトラブルになることを恐れたからだ

「魅音。これから俺がすることに・・口を出さないでくれ。」


「おやっさん・・・で、よかったですよね。俺からも、話を聞いてくれたことに礼を言います。」
「ありがとうございます。」
魅音も頭を下げた。・・理由はもちろん・・。
「・・・分かったよ圭ちゃん。」

「おいおい・・!頭を上げてくださいよ!こっちが頭を下げたいくらいなんですから。礼なんていいですよ。」
「すみません・・。」

まずは・・・。  ・・・そうだな・・・・。

「それにしても、あなた方も大変だったでしょう。毎日毎日あの状態じゃ・・。」
「いや〜・・まったくですよ。ストレスがたまる一方で・・。私も、好きでこんな仕事してるわけじゃないんですが、この仕事、お給料がいいもんでね?」

こ・・こいつ・・!


ピクッ

魅音が動く。
耐えてくれ・・! 
「お金・・ですか。 ・・まったく・・嫌ですねぇ・・。お金ってものは・・。金は人をしばる。やりたくもない仕事を無理矢理やらしているように思えますよ。」
とりあえず、魅音のイライラを少しでも解消させるため、嫌味を言った。・・実際、今の言葉は俺もカチンと来た。
「・・たしかにそうかもしれませんね。金って物は人を縛ります。・・。私が言えることじゃないのかもしれませんがね・・。」

・・まったくだぜ・・。




その後、約三十分ほど、俺達はおやっさんの愚痴を聞かされた。何を言われても耐え、黙っていた。
魅音はその間、じっと耐えてくれた。 ・・本当にありがとう・・。
そしてうなずきや何か返事が必要な時はしてやった。俺のシュミレーション通りにするには耐えるしかない。

もちろん、俺達が黙って愚痴なんか聞いてるには理由がある。
ポイントがいくつかあって、まず第一に、相手と打ち解ける事が一番大切だ。打ち解ければ、話も真剣に聞いてくれるし、話の途中で追い出したりもしないだろう。
そしておやっさんは、俺が待っていた言葉を口にした。

「おっと・・!もう三十分も経っているね。いやあ、すみませんね。」
「いえいえ。お気にすることはありませんよ。あなた達にストレスが溜まっているのも分かっているので、発散してくださいな。」
「そんなわけにはいきませんよ。私はもう充分愚痴を言わせてもらいました。 お話があるんでしたよね? どうぞ。おっしゃって下さい。三十分も私の愚痴を黙って聞いてくれたんだ。真剣に聞きますよ。」
「ありがとうございます。」

そして、次に大切なのがこちらからダムの話を出さないこと。
あくまでも相手から話してもらうのが大事なのだ。ただでさえストレスが溜まるような場所にいるのに、その話をされたとなれば、機嫌が悪くなるだろう。
打ち解けることで真剣に。そして相手側から話をしてもらえば、相手は自分が言い出したのだから、さらに真剣に聞いてくれる。
魅音・・よく耐えてくれた・・。

「まず、お聞きしたいことがあります。 この雛見沢が沈んだら・・俺達は・・どうなるんでしょうか?」

「・・・それは・・ちょっと・・分からないなぁ・・。」

・・!!
ま・・まずい・・!魅音が爆発寸前だ・・!


「わ・・わわっ・・。け・・圭ちゃん・・。」

頭をなでてやった。 ここで暴れてもらうわけにはいかないからな・・。気分を落ち着けてくれ・・。

「・・では、質問を変えます。 この村の住人は「家」と「故郷」をなくします。俺達はどこで暮らすのでしょうか・・?」
「・・そうだね・・。どこか・・住むところはもらえると思うけど・・・。」
「あまり・・いいところではない・・という事ですか・・・・。」
「・・うん。・・そうゆう事になるだろう。」

「では・・今度はダム工事の監督ではなく、おやっさん自身に質問します。
 もし、自分の生まれ故郷を沈められて、代わりにボロアパートのような物件に住めと言われたら・・どう思いますか・・?」


「・・・それは・・・。」


そして・・しばらく沈黙が流れた。
おやっさんは必死に考えている。


「・・圭ちゃん・・さすが・・だね。」
「ああ。こうゆうのは得意だからな。・・魅音・・よく耐えてくれたな。」
「うん・・・。」


沈黙はあたりを支配する。 静かに、時が流れる。
答えはせかさない。じっくり考えさせてやる。生まれ故郷を失わないように死に物狂いで戦っている村人の気持ちを分からせるために。
考えろ。もっと考えろ。
この村の住人がどんな思いをしているのかを思い知らせてやる・・・!!!

「・・・圭ちゃん・・?大丈夫・・?眼が・・変だよ・・?」
「・・え・・? ・・眼・・?」


・・・そういえば・・この眼ってどんな時に現れるんだ・・?
・・・おやっさんが答えを出すまで・・俺も考えさせてもらうか・・。

この眼が初めて俺の目として現れたのは・・そう・・。梨花ちゃんの家で鷹野さんが話していたオヤシロ様の祟りの話を思い出したとき。
そして・・次はここに来て、拡声器を使って騒いでいる奴らに怒鳴ったとき。
そして・・今・・この場所。

・・・・。
どこかに・・共通点でもないだろうか・・。
この時の俺・・この時の俺・・・。 何か・・共通点は・・。


・・・・・。 ・・・そうだ・・。 これら全て・・俺は少なからず興奮していたはずだ。
オヤシロ様の祟りで梨花ちゃんの家庭が崩れる事を知って・・俺は自分自身の想像力の豊富さを恨んだ。
そして頭の中で鷹野さんの言葉とそれが実際に起こってしまう事実がこんがらがって、・・おれは自分をコントロールできなくなっていた。
そしてここに来たとき。
まず、耳障りな騒音に腹を立てた。本当にやかましかったから。
・・そして、流血沙汰を簡単に起こすような連中に怒鳴ったのだから、多少は興奮していただろう。
・・そして・・今。
最初の愚痴を聞いたときから腹が立った。
とにかくこいつが憎たらしかった。何も知らないくせに、金のためにこの村を沈めようとしているこいつに。
だから、そいつを思い知らせてやると思ったとき、息が荒くなったりもした。

全て・・俺の感情・・「不安」「怒り」から来ているな・・。

そしてこいつは俺の身体能力を上げてくれる。 身を守る防衛手段、そして攻撃に転じるときの威力増強。
なるほど・・こいつは本当に便利だ。


魅音もさっきの愚痴のせいでそうとう怒っている。無理もないがな・・。
だが、ここで暴れてもらっては困るので、頭をなでてやった。 今のうちに落ち着かせてやらないとな・・。
まわりから騒音が聞こえることもない。 おそらく村長さんがうまくやってるのだろう。 村長命令だしな。御三家の一員でもあるわけだし・・。


沈黙はまだ流れる。 もうどれくらいの時間が流れたのだろうか・・。

そして、しばらく経った後、おやっさんは口を開いた。

「そう・・だね・・。私も・・君達と同じ事をやるだろう。
 住み慣れた土地から無理矢理追い出されて、挙句の果てにボロアパートに住め・・なんて・・ ・・・耐えられないな・・。」

「・・そう思ってくれたのなら・・忘れないで下さい。 俺達は・・雛見沢を守るためなら何でもしますよ。」
「・・・。 そうか。 ・・がんばってくれ。」
「・・おやっさん。 その・・おやっさんの趣味とか、特技とかって・・何ですか?」
「ん? ・・・麻雀・・かな。」
「麻雀ですか!それじゃあ、今度一緒にやりましょう!俺も親父から教え込まれているんで。」
「そうか そうか! よし。今度一緒にやろうか! 私も人数を集めるよ。」
「それじゃあ、失礼します。 麻雀・・楽しみにしています。」
「ああ。それじゃあな。」
「・・・おやっさん。」
「なんだい?」
「・・・忘れないで下さいね。

これ以上ないくらい気迫を込めて言った。忘れてもらっては困る。その脳みそに・・叩き込んどけ・・。

「・・・あ・・ああ・・。・・分かった・・。」
「それじゃあ、次は雀卓で会いましょう!」
「おう!」






こうして俺達は、工事現場の事務所を出て行った。


「どうだった?圭一君。」
「ええ。まぁ、相手は監督ですから。とりあえずは「心」に深い深いクギを打ってきました。」
「・・そうか。 よくやってくれた。」
「それと、俺監督とは一応友達関係になりますんで。 そこんとこ、よろしくお願いします。」
「分かった。そうしてもらえると、こちらとしても助かるよ。」


「ねぇ!聞いてよ公由のおじいちゃん!圭ちゃん本当にすごかったんだよ!」


魅音がはしゃいでいた。
そういえば今の魅音は俺より年下なんだよな・・・・。不思議な感覚だ。



「ほう・・。相手の心理をよく考えた語り方だ。さすが、「口先の魔術師」と言っただけはあるね。」
「まぁ、人の心を読むのは得意な方です。・・・いつもは部活で読まれまくってますけどね・・。
「・・?何か言った?圭ちゃん?」
「な・・何でもねーよ!!」
「はっはっはっは!まぁ、今後に期待するとしよう!よろしく頼むよ、圭一君!」
「はい!」


キキッ!!



何か、急ブレーキをかけたような音がした。 車が止まっている。車の中には二人いるようだ。・・・視力も上がるらしいな・・。
突然のブレーキ音に、心臓がまだ落ち着いていなかった。

そして一人が降りてきた。 ・・・もう一人は・・顔を隠してるな・・分からない。
降りてきたのはおっさんだ。

「おやおやぁ?今日はやけに静かですねぇ。」
「大石・・刑事・・・。」
魅音がそうつぶやいたのがイヤホンから聞こえた。 ・・この人・・警察なのか・・。

「今日はいったいどうしたんで? やけに静かですねぇ。んっふっふっふっふ! ・・・おや?見知らぬ顔がありますね。 あなた、名前は?」
「・・・あなたに言わないといけない理由が分かりませんね。」
「んっふっふっふ・・!まぁ・・たしかにそうです。 ・・では、警察として聞きましょう。あなた、お名前は?」
「人の名前を聞くのに警察という立場が必要なんですか?」
「あなたがおっしゃらないからでしょう。それにこのダムの件に関しては既に流血沙汰も起きているんですよ。」
「ふむ・・。そんならまぁ・・教えてあげてもいいですけど・・。」

「そうですか。 ではどうぞ。」

「・・・先に言っときますよ?俺はあなたに名前を教えた瞬間・・あなたを訴えます。」
「・・はぁ!? ・・・んっふっふっふっふ・・!!!面白いことを言うガキですね。なぜ私が訴えられるんで?」
「簡単ですよ。あんたは今・・警察という立場を利用して俺から名前を聞こうとした。これって脅迫じゃないんですか?」
「・・・。威勢がいいのはけっこうですが、言葉は選んだほうがいいですよ?警察にはそうゆう権利があるんですよ。お分かりですかぁ?」
「ああ そうでした。たしかに警察にはそうゆう権利がある。 ・・だが・・。それは事件が起こったときに限るんじゃないんですか?」
「・・・。」
「事件が起こっていないのに警察というだけで名前という個人情報が聞き出せるなら警察官は犯罪者だらけですよ。
 したがって俺はあんたに言う「義務」もないし、あんたはそれを聞く「権利」もない。 ダムの件がどうとか言ってましたが・・・別に、今事件が起こったわけじゃないですよね?」
「・・・。」
「それに、さっきあんた言いましたよね?俺の事を見知らぬ顔だって。
 つまり・・俺がここに来て間もないのを知ってるハズだ。そんな俺がダムの事に関して事件なんか起こさないのは少し考えれば分かるはず!
 それに実際、俺は事件なんか起こしちゃいない。
 むしろ、ここにいる奴等を黙らせてやったんですよ? 警察は聞く権利の無い名前が聞けなかったらそんな奴を逮捕するんですか?」


「・・・・・・・。 ・・・ふっふ・・ んっふっふっふ・・!! こりゃ一本とられたようですね。
 いやあ・・口先で一本とられたのは久しぶりです。」

「・・・・そりゃどうも。」

「あなた、将来うちに来ませんか?すばらしい人材ですよ!交渉人として大いに活躍できますよ!」
「気が向いたら。 将来はまだ何になるかなんて決めてないですけどね。」
「そうですか。まぁ、気が向いたら来てくださいな。 それではよいお年を。」

そう言うと、大石さんは車の方へ戻っていく。

「あ・・!大石さん・・でしたよね!?」
「ええ。そうですよ?」

「・・・前原・・圭一です。 これから、色々とよろしくお願いします。」

「おやぁ?・・不思議な少年ですね。いや、本当にすばらしい!んっふっふ!」
そう言うと、大石さんは車に戻った。
「それでは。前原さん。」


大石さんは車に乗り、去っていった。
振り返ってみると、村長さん、魅音、そしてその他大勢が唖然としていた。

「け・・・圭ちゃんすごいよー!あの大石のオヤジをギャフンと言わせるなんて!」
「へ?別に何も
「お前すごいな!」
「見直したぜ!」
「わ・・わわっ!?ちょっと皆さん!?」

「「「「「「「    わっしょい わっしょい  」」」」」」」」


「うわーっ! うわーっ! わわわわわー!!!」


胴上げされてしまった。



「こりゃあ・・雛見沢の救世主になるかもしれないぞ・・・!!」


胴上げによる合唱がひびく、今日この頃。
ひぐらしが今日も鳴いている・・・・・。






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