時計は午前九時を回った。
 赤坂が殺人容疑で逮捕されて、既にニ時間が経過している。
 赤坂が指揮をとれないため、日津谷が指揮をとることになり、現在全力で捜査中である。 

 圭一は資料のコピーを片手に、ある人物を尋ねに来ていた。
「確かこの辺りだったな。……えぇと…あった。この家だ」
 圭一はある民家の前に乗ってきたパトカーを下り、資料の詰まったファイルと警察手帳を持ってインターホンを押した。

 ピンポーン

 しばらくは沈黙が続く。
 圭一にとって、警察として人の家に訪問するのは初めての事だった。
 だが、今はそんな事を言っている場合でないのも確か。
 一つでもいいから、赤坂の無実を証明する証拠が欲しい。
 圭一に迷いはなかった。

 …そして、沈黙をやぶったのは静かに開いた扉の音だった。
「……はい……」
「…瀧澤加奈子さんですね? 警察です。あなたにお聞きしたい事があって尋ねました」
「…………あ、はい……。昨日の事件……ですよね」
「……そうです。思い出したくないかもしれませんが、ご協力お願いします」
「あの、警察の方には一度お話したんですけど……」
「俺は彼らとは別に捜査をしています。とにかく、少しでも情報が欲しいんです」
「…分かりました。どうぞ、中へ」
「…………すみません」

 圭一が訪れた、瀧澤加奈子(たきさわかなこ)宅。
 この人物こそ、今回の事件唯一の第一発見者であり、目撃者である。
 人通りの少ない道に彼女が偶然通りかかったのは、運がよかったと言える。
(…運がいい…か。どこまで運ってやつは赤坂さんを犯人に仕立て上げようとしていやがるんだ…)
 人気が少ないところに彼女が居たのは偶然なのか……。
 …そんな疑いも持ちながら、圭一は彼女の家にあがりこんだ。

 家はいたってシンプルだった。
 いかにも、女性の一人暮らしだという部屋だ。

 ソファーに座るよう勧められ、圭一は腰を下ろす。
 …そして、質問を始めた。
「まず、あなたは何故あの時間あの場に居たんですか?」
「えぇっと、友人の家があの近くだったんです。住所…教えた方がいいですか……?」
「お願いします」
 その後、瀧澤は一通の葉書を取り出し、圭一に差し出した。
 そこには、友人であろう人物の名前と、住所が載っていた。
「すみません。住所を覚えているわけではありませんので……」
「いえ、結構です。…メモさせてもらっても?」
「……大丈夫だと思います。警察の方になら。…その代わり、あまり話さないでくださいね」
「了承しました」
 圭一は手帳を取り出し、メモ欄に葉書に書かれていた名前、住所を記入した。
 念のためこの住所の場所から現場まで徒歩何分くらいかを調べるためだ。名前をメモしたのは、家の位置を正確に知るため。
「では、次に。あなたの証言に嘘偽りはありませんね?」
「…えぇっと、時間の方は微妙なんですけど…。私は見たままにお話しました」
「俺にもその話を聞かせてください」
 時間は署に連絡があった時刻からはじき出せる。圭一は気にする事もなく、先を話すよう促した。
「はい。私が友人の家に遊びに行って、帰宅している時でした。夜道を歩いていると、赤坂さん……でしたっけ。その人が前方から歩いてきたんです。そしたら、彼、突然路地に入っていったんです。彼が路地に入っていくのを見たのは、私が居た位置から結構離れていましたが、顔ははっきり見えました。間違いなく赤坂って人でした。それで、少しおかしいなって思いながらそのまま歩いていくと、彼がものすごい慌てた顔で路地から飛び出てきたんです。何かあったのかと思って路地を除いたら、人が倒れていたんです」
「ちょっとまってください。どうして、赤坂さんが路地に入ったらおかしいんですか?」
「は、はい。それが、彼、右側を歩いていたのに、突然左側にある路地に入っていったんですよ」
「…………!?」
「普通、路地に入るつもりでいるのなら左側を通ってそのまま入りますよね? おかしいなぁって思って……」
「……なるほど……」
 圭一はメモに取りながらさらに思考回路を深めていく。
 昨日からの赤坂の行動は、間違いなくおかしい。
 瀧澤の言うとおり、左側の路地に用があるのに、道路の反対側を通る事に意味は無い。
 ならば、何故赤坂はそんなことを……?

「……あの……」
 瀧澤の声に、圭一は思考回路を航海するのを一旦停止し、正気に戻る。
「はい?」
「他に何かありますか……?」
「……では…最後に一つ。俺達に協力してもらえませんか?」
「…………え……?」
「あなたはこの事件を解決するカギを握っています。ぜひ、協力してもらいたいんです」
「あ、はい。私は構いませんけど……」
「ありがとうございます。…ポケベルは持ってますか?」
「……いえ、持ってません」
「じゃあ、これを使ってください」

 圭一は、警視庁から持ってきたポケベルを瀧澤に渡した。
 捜査に限り、人に貸す事が許されている。

「事件解決までは肌身離さず持っていてください。……では、俺は失礼します」
 
 圭一はソファから立ち上がり、部屋をあとにしようとする。
「あ、あの」
「…………?」
「頑張ってくださいね」
「…ありがとうございます」

 こんな何気ない声でも、圭一にはうれしかった。

 瀧澤の家をあとにした圭一は、再びパトカーに乗り、次の目的地へ向かう。
「次は、現場に行ってみるか……」

 圭一はパトカーのアクセルを踏み込み、次の目的場所へと向かった。

 



 

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